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「別れたい」
目を覚ましたのは午後二時過ぎだった。でもって起きた早々、そう宣告された。
その瞬間、俺が思ったことは二つだ。
人の家で一晩明かしたあとに言うな。
でもって何よりも、もっと早く言え。こんな日に――クリスマス・イブなんかにわざわざ言うな。
「昨日の今日でそれはないんじゃないの?」
ソファベッドに敷きっぱなしの煎餅布団から裸の上半身を出したままタバコをふかしつつ、さっさと身支度を整えた美咲を見上げた。
長くてまっすぐな黒髪。大きな目。長いまつ毛。目鼻立ちのはっきりした意志の強そうな顔。初めて出会ったのは、新宿歌舞伎町の一角にある薄暗い飲み屋。心もとない照明の下でもその顔は強烈な印象を俺の中に刻んだ。いかにも扱いにくそうなところもまた、好みだった。井岡佑香みたいな、従順な忠犬タイプではない。素っ気ない猫みたいな女。毛並みのいい、すっとした手足が細い黒猫。
「理由は?」
すっと伸びてきたその手に、くわえていたタバコを取られた。まだ半分以上残っていたタバコは、テーブルの上の吸い殻ですでにいっぱいの灰皿に押しつけられる。
「こういうところ」
じゃあね。俺には美咲の言いたいことも言っていること何一つも理解できないのだが、言うだけ言ったという態で美咲は部屋を出ていこうとする。勝手な奴。でもそれはお互いさまという気もしてきて。
だったら、こっちも勝手にするだけの話。
「――待てよ!」
布団を跳ねのけ、その細い腕を思い切り掴んだ。やめてよ、とかなんとか言って彼女が身を捩る。が、仮にも男である俺がそんなか弱い力に負けるわけがない。自分の力を誇示するように、美咲を引き寄せるつもりで俺はその腕を引いた。
美咲の体が床を滑ったのと、テーブルがごつっと鈍い音を立てたのと、灰皿の吸い殻が宙を待って辺りに散らばったのは同時だった。少し遅れて、ガシャンと派手な音を立てて百円ショップで買った白いお皿が割れる。あぁ、そういや昨日の夜、一日早いけどケーキ食べたんだったっけ――なんて、ぼんやりと思い出した。