第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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ヘッセ
投稿時刻 : 2014.05.06 23:23 最終更新 : 2014.05.06 23:29
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- 2014/05/06 23:29:35
- 2014/05/06 23:23:18
ヘッセ
犬子蓮木


 犬小屋の前にぼくは立ている。この犬小屋は大きくて、犬小屋自体があるお屋敷とちうどバランスがいい具合になていた。
 ここは誰も住んでいないお屋敷。ぼくは最近、このお屋敷に遊びに来る。このお屋敷には幽霊がでるてことを最近ぼくは知た。だけどこのお屋敷がいくら古くてぼろちいからて、幽霊屋敷なわけではない。幽霊がいるのは、そう、庭の犬小屋。ぼくは、その幽霊犬小屋にでるシベリアンハスキーの幽霊、ヘセと遊びにこのお屋敷に来ているのだ。
「ヘセはさあ、なんで幽霊なの?」
「さあ、わからない」
「さわれるし」
 僕は犬小屋の前で伏せていたヘセに抱きつく。もふもふして暖かい。幽霊なんかじなく、ふつうに生きているみたい。
「気を抜くと触れないけどね」
 ヘセがそういうとぼくは透明になたヘセの体を通過して地面に転がた。痛い。
「ちとー
「ごめん」ヘセは申し訳なさそうに長い鼻の頭を前足で撫でていた。
 ヘセがまた普通の犬みたいに透明でなくなたので僕は彼女に寄りかかた。
「昔からおしべりできたの?」
 ヘセが首を振る。
「いつのまにかこんな風になて、それから君がきて、はじめてだよ」
 いまのところは、ぼく以外にここへ遊びに来た人はいないらしい。ぼくも一週間ぐらい前にはじめて知たばかりだから、ほんとうについ最近だ。
「他の人とも話せるのかなー
「できればやめてほしいかな」
「なんで?」
「大騒ぎになるかもしれない」
「いやなんだ?」ぼくはうししと笑う。
 ヘセはごろんと地面に転がた。ぼくもそのままヘセのお腹に頭を乗せる。
「人間にはいい人もいやな人もいるからね。会う人は少ないほうがいい」
「いい人にもたくさん会えるかもじない?」
 ヘセは考えるような顔をする。普通の犬がそんな顔をしているかぼくにはわからないけど、ヘセの顔はなぜかどんな風に思ているかがなとなくわかるんだ。
「わたしは人間が嫌いだから」
「飼われてたのに」
「だからね」
 ヘセが目をつむてしまう。ヘセは生きている間になにかイヤなことがあたのだろうか。ぼくは全然わからない。このお屋敷に人が住んでいたのだて、もう何年も前のことだて聞いている。ヘセの犬小屋もぼろぼろで屋根に穴が空いていたりした。
 ぼくもヘセのように目をつむる。ヘセのお腹はとても暖かくて、幽霊なんて嘘みたいだ。そして、透明になてぼくが地面に落ちないから、ヘセが寝たふりをしているんだて、ぼくにはわかる。
「ぼくのことはきらい?」
……そういうときは好きか、と聞くものではないかな?」
「どちだて一緒じん」
「そうだけど……」ヘセはぐるると喉をならす。「答えを言えば、息子みたいだと思ているよ」
「ヘセがぼくのお母さん!」ぼくは驚いて飛び跳ねてしまた。
「わがままであまえんぼうなところなんか、たぶんそんな感じに、君のほんとうのお母さんも思てるんじないかな」
「変なの」
 ぼくはそのまま眠てしまう。

 ぼくは夢を見ていた。ぼくがヘセにまたがて、ヘセがいろいろなところを走る夢だ。ぼくとヘセは旅をしているらしい。砂漠の国や海の国、森を走て、雪を食べて、ぼくはヘセの相棒のつもりなのに、ヘセはぼくを手間のかかる息子だて言う。失礼しちうよね、と思うけれど、ぼくはいつもヘセに助けられてばかりだから、あんまり偉そうなことも言えない。
 あるとき、ヘセが珍しいしべる犬だて、大金持ちの家来たちに連れて行かれた。ぼくには袋いぱいの黄金を渡されて、これでいいだろてお別れさせられた。
 いいわけないじないか。
 ぼくとヘセは友達なのに。
 ぼくはひとり、大金持ちの宮殿に乗り込んでヘセを助けようとした。だけど家来に見つかて、つかまて、街から追い出されてしまた。
 もうヘセには会えない。
 そう思ただけで、涙があふれてきた。

「ヘセ!」
「なに、怖い夢でも見ていたの?」
 ぼくが目を覚ますとぼくの頭の下にヘセはなんにも変わらずリラクスした様子で寝転がていた。
「別に怖くないけど」
「泣いてるのに」
「あくびだよ!」
「そう」ヘセが笑た。「そういうことにしておくよ」
 ぼくは立ち上がて、それから勢いよくまたヘセに抱きついた。地面に膝をついて、ちと痛いけれど、ヘセのやわらかい毛が心地よかた。
「ずとここにいてくれる? ぼくとあそんでくれる?」
「さあね」ヘセが言う。「ずとなんて約束はできないし、わたしがいつ消えるのかもわからない。いまだて、消えようと思えばすぐ消えられるんだ」
 ヘセがさと消えて。抱きしめていたぼくの両腕が空を切た。それから少しだけ離れたところにヘセが現れる。
「なんで消えるんだよう」
「消えられるから、消えるんだよ」
「消えるなよ!」
「できるだけ、努力はするよ」
 ヘセがゆくりとぼくの方に歩いてきて、ぼくの顔をなめた。
「しぱいなあ」
「汗でし、泣いてないし」
「そう。でも、もう日が沈むから帰りな」
「また明日ね」
「明日があればね」
「そういうこと言うなてば!」
「性格なんだ。仕方がない」
 ぼくは立ち上がて、砂を払て、ヘセの顔にぼくの顔を近づけてぎとくつけてから離れた。
「じあね」ヘセが言う。
「またね!」
「うん、またの機会に」
 ぼくは大きく手を振てからお屋敷の塀のほうに進む。それから割れたできた穴をくぐて、お屋敷を出た。帰て、お風呂にはいて、ごはんを食べて、宿題をして、眠て、起きて、学校へ行て、またヘセに会いに行く。
 だけど、次の日、お屋敷にいたら、ヘセの犬小屋はどこにもなかたんだ。
 ヘセも消えていて、
 ぼくがなんども呼んでも、ヘセはでてきてくれなかた。
 きと透明になてぼくのこと笑てるはずなのに。
 ぼくが泣いても叫んでも、
 いじわるしてでてきてくれなかたんだ。
 
 ヘセとの数日間が、ぼくにとてのなんであたのかはわからない。夢だたのか幻だたのか。意味があることなのか、ぼくにいい影響を与えることなのかもわからなかた。ぼくは少しずつ大きくなて、今では高校生になた。それでもヘセのことを忘れることなく、たまにお屋敷の前を通るとき、忍び込んでヘセを捜した。
 だけどそんなことができるのもの今日が最後だた。
 ぼくの目の前でお屋敷が壊されていく。
 犬小屋はとうの昔になくなていたけれど、ヘセと遊んだ、その庭も重機たちが壊していた。
 ヘセはなんでぼくの前にあらわれたのだろうか。そんなすぐに消えてしまうなら、出てこなければよかたのにと思てしまう。一度も会わなければ、こんなに悲しくなかたのにと。
 それはたしかにそう思ていて、だけどそうではないとも思ていて、答えは決めることができないものだともわかている。
 ただ、もう一度、ヘセと遊びたいなとだけ、どうしても思うのだ。
 たとえそれが夢でもいいから。                      <了>
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