てきすとぽい
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てきすと怪2014
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分裂
(
木下季花
)
投稿時刻 : 2014.08.12 15:12
最終更新 : 2014.08.29 02:50
字数 : 13953
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2014/08/29 02:50:42
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2014/08/15 23:11:49
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2014/08/12 15:16:28
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2014/08/12 15:12:38
分裂
木下季花
私が希美ち
ゃ
んを殺したのは、今から一週間ほど前のことです。希美ち
ゃ
んの家に遊びに行
っ
て、彼女の部屋で彼女の首を切りました。包丁を使
っ
て、人間を真
っ
二つにするという作業は、以外に手こずるものでした。途中までは首にす
っ
と切れ目が入
っ
て、刃が肉に深く刺し込まれていくのですが、途中からは溢れる血の量が多くなり、刃が滑
っ
てなかなか切れなくな
っ
ていくのです。だから私はノコギリのように刃を引いたり押したりを繰り返しながら、彼女の首を切
っ
ていきました。大量の血が、私を染めました。
そしてご存じの通り、私は彼女を殺してから一週間後に警察署に出頭したのです。
はい?
その一週間、何をしていたか
っ
て?
もちろん彼女
――
希美ち
ゃ
んと一緒に過ごしていたに決ま
っ
ているじ
ゃ
ないですか。
え?
そうですか、その辺りの事情を詳しく聞きたいのですね。しかし、その話をするには、もう少し時間を遡
っ
て、希美ち
ゃ
んを殺してしまう前、私と希美ち
ゃ
んがどんなに仲が良か
っ
たのか、それをお話しなければならないと思います。
私たちは物心つく前から一緒に遊んでいた幼馴染でした。希美ち
ゃ
んは、私が住む市営のアパー
トから、道なりに一分ほど進んだ場所に住んでいたのです。確か希美ち
ゃ
んのお父さんが勤める会社の寮だ
っ
たと思います。建物の距離としては、私と彼女の家は隣同士と言
っ
てもよか
っ
たのですが、二つの宅地の間に細い川が流れていて、彼女の家に行くには公道に出て遠回りしないといけなか
っ
たので、こんなに近いのに面倒だなあと、子供心に思
っ
ていました。小さい時
っ
て、歩くだけでも大変なんですよ。狭い世界の中に生きていますから。その小さな世界の端
っ
こと端
っ
こを行き来するくらいの重労働だ
っ
たんです、希美ち
ゃ
んの家に行くと言うのは。それに彼女の家に行く途中にいる、二宮さんの家にいる犬が、私に向か
っ
て吠えてくるのがとても怖か
っ
たのです。犬が嫌いにな
っ
た原因は、希美ち
ゃ
んの家に遊びに行く途中にいるあの犬が、原因だ
っ
たのだと思います。ごめんなさい。これは関係ないですね。
希美ち
ゃ
んは生まれつき足の悪い子でした。足が折れ曲が
っ
たように動き(上手く説明できないのですが、関節をうまく伸ばすことが出来ないらしいのです)、その所為で上手く走れないようでした。生まれつきのその障害が要因なのかどうかはわかりませんが、希美ち
ゃ
んはひどく負けず嫌いの性格に育ち、努力家で、そして一日も学習を欠かさない頭のよい子に育ちました。自分のハンデ
ィ
キ
ャ
ッ
プを気にしていたのでし
ょ
うね。だから彼女は勉学では絶対に負けたくないと思
っ
ていたのかもしれません。対照的に私は、いつものほほんと暮らしている事なかれ主義な子でした。いつもぼけ
っ
としている私と希美ち
ゃ
んとは、性格が正反対だ
っ
たのですが、その分だけ、お互いに付き合いやすか
っ
たのかもしれません。負けず嫌い同士が仲良くなる
っ
ていうのは、結構難しい事だと思いますし。もちろん、小さい頃はそんなこと考えずに、ただ家が近か
っ
たから遊んでいただけなのですけどね。
私たちは幼稚園に行く時も、常に一緒に通
っ
ていました。急な坂道を二十分ほど下
っ
た場所に幼稚園はあります。私たちはそこに、二人だけで毎日通
っ
ていました。しかし今から考えると、よく私たち二人だけで園舎まで通わせていたなと思いますね。まあ田舎町ですし、幼稚園に行くにも道なりにず
っ
と歩いていれば着くので大丈夫だと思
っ
たのでし
ょ
う。車なんてほとんど通りませんし。なにより、し
っ
かり者の希美ち
ゃ
んがいるからこそ、お互いの両親は大丈夫だと考えたのかもしれません。
小学校に入る直前あたりに、私たちの間ではポケモンが流行りました。丁度初代のポケ
ッ
トモンスター
が、ゲー
ムボー
イで発売された頃です。ゲー
ムに関心のなか
っ
た私が、彼女からそれを教えてもら
っ
た時、一も二も無く、母親にそれをねだ
っ
て買
っ
てもら
っ
たのを覚えています。私は甘やかされた一人
っ
子だ
っ
たので、直ぐに買
っ
て貰えました。希美ち
ゃ
んは白のゲー
ムボー
イを持
っ
ていたので、私は黒のゲー
ムボー
イの方を買いました。お揃いと言うのはなんだか気恥ずかしいし、私はいつも希美ち
ゃ
んとは違う色を選んでいたように思います。同じものを買う時はいつもそうでした。
ゲー
ムという物に触れるのが初めてだ
っ
たので、プレイ中のゲー
ムデー
タをセー
ブするという概念がなく、私たちはいつも同じ場面からゲー
ムを始め、同じことを繰り返していました。それでも、それは面白か
っ
たのです。同じことの繰り返しの中に、新たな発見があり、ゲー
ムの世界で、私たちはトライアル&エラー
を繰り返しながら、世界のルー
ルを学んでいきました。傷薬を使えば回復する。モンスター
ボー
ルは何回か繰り返し当てれば、相手を捕まえられる。出来るだけ弱らせた方が捕まえやすい気がする。そうい
っ
た、今とな
っ
ては当たり前のようにわかるルー
ルを、当時の私たちは、お互いに協力しながら、発見し、学んでいきました。
小学校に入ると、希美ち
ゃ
んの頭の良さは、どんどんみんなの前で発揮されていきました。しかしながら、私がそんな希美ち
ゃ
んの頭の良さに気づいたのは、小学校四年生にな
っ
てからです。二年生ぐらいの頃にはすでに、何で自分の分からない問題が希美ち
ゃ
んには分かるのだろうと不思議に思
っ
ていたこともあ
っ
たのですが、小学校四年生にな
っ
て、通信簿でお互いの成績を比べあうようになり、また、頭の良さがこの世の中で重要な意味合いを持
っ
てくると言うことを理解した時に、私は彼女の頭の良さに初めて気が付いたんです。希美ち
ゃ
んは成績が優秀だと、私にもは
っ
きりとわか
っ
たのです。ええ、私は馬鹿なんです。気づくのが遅すぎですよね。本当にのんびり屋で、勉強なんか一切してこなか
っ
たんです、私。希美ち
ゃ
んにも呆れられました。もうち
ょ
っ
と勉強のことを考えなさい。馬鹿になるわよ、なんて、からかうように言われました。私は、感覚や感性のみで、物事を乗り切ろうとするタイプなのです。その癖、絵も下手だし、工作も出来ないし、何より不器用だし、小学校四年生になるまで太
っ
ていたので、運動もあまりできませんでした。もちろん、希美ち
ゃ
んも運動は苦手でした。走るのが苦手なので仕方がない部分もあるのですが、希美ち
ゃ
んはたいてい、徒競走や、ド
ッ
ヂボー
ルなど勝ち負けが発生するスポー
ツに負けると怒ります。相手が鬱陶しがるほどに怒ります。だから、希美ち
ゃ
んの友達は私しかいませんでした。テストの点数や運動や、優劣と言う差がつけられる物事なら何でも、希美ち
ゃ
んは負けると本気で怒ります。相手が泣くまで怒ります。そんな彼女の怒りを受け止められるのは私しかいませんでした。と言うか、希美ち
ゃ
んが私に負けると言うことは全くと言
っ
ていいほどありませんでしたから、あまり怒る機会もなか
っ
たのかもしれません。テストでも希美ち
ゃ
んが勝ちますし、運動については、希美ち
ゃ
んは確かに私に負けてしまうのですが、たとえ私に負けようと、何故か怒ることはありませんでした。その理由を尋ねると「勉強で勝
っ
てるからいい」と、そして「真悠ち
ゃ
んに負けてもあまり悔しいとは思わない」とも言
っ
ていました。
テレビゲー
ムで勝負する時も、私は希美ち
ゃ
んが勝つように、いつでも工夫していました。とにかく希美ち
ゃ
んが勝つようにプレイするのが、私のゲー
ムの楽しみ方でした。希美ち
ゃ
んはそのように、私に接待プレイをされていることに気が付いていなか
っ
たように思います。希美ち
ゃ
んも楽しんでいたし、私も楽しんでいました。そして希美ち
ゃ
んが帰
っ
た後に、希美ち
ゃ
んが出した記録を、一人で更新すると言うのが、私の最も楽しみだ
っ
たのです。私も、どちらかと言えば負けず嫌いだ
っ
たのかもしれません。人前でそれを表すことは絶対ありませんでしたが。
中学校に入る直前ぐらいに、私はインフルエンザにかかり、自分でも吃驚するくらいに痩せました。足腰が細くなり、もともと背が高か
っ
たこともあり、モデルのような体形になりました。自分で言うのもなんですけどね。その所為か分かりませんが、体が軽くな
っ
たように感じ、私は運動が得意になりました。五十メー
トル走なんかは、クラスの女子の中では一番の記録を出すまでになりました。人生
っ