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　私が希美ちゃんを殺したのは、今から一週間ほど前のことです。希美ちゃんの家にこっそりと侵入し、眠っている彼女の首を切断しました。あなたに、首を切断する時の苦労というものが分かりますか？　人間を首から真っ二つにするという作業は、以外に手こずるものなのです。私は希美ちゃんを殺すのに、予想よりも多くの時間をかけてしまいました。一時間ほどの時間をかけ、ようやく彼女の首を切断できたのです。
　時間がかかった大きな要因の一つは、包丁の刃がなかなか進まなかったからです。最初は首にすっと切れ目が入り、刃の部分が深く肉に刺し込まれていったのですが、途中から溢れる血の量が多くなり、刃が滑ってなかなか進まなくなってしまったのです。私はノコギリを使う時のように、刃を引いたり押したりしながら、彼女の首をようやく真っ二つに切断することに成功したのです。
　そのような手法で彼女を殺してから、私は彼女の首を自宅に持ち帰りました。そして一週間ばかり、思う存分、彼女の首を愛でました。可愛い希美ちゃんの首。パッチリ開いたお目目。ちょこんとついているお耳。
　私はなんだかうれしくなって、彼女にキスをしたり、抱き着いたりしました。たっぷりと彼女を愛で、自分なりに満足した後で、私はようやく罪を受け入れるために、警察署に出頭しました。ええ、その事はあなたもご存じかと思います。
　え？
　彼女の首を持ち去った時のことを、もっと詳しく聞きたい？
　うーん……分かりました。
　あなたがそうおっしゃるなら、お話したいと思います。私には話す義務があると思いますし。
　ですが、あなたに詳しい事情を説明するには、もう少し時間を遡ってお話しなければならないと思います。私が希美ちゃんを殺してしまう前、私と希美ちゃんがどんなに仲が良かったのか、どのように日々を過してきたのか、お互いにどのような関係だったのか、その部分からお話しなければならないと思います。

　そうですね。まず私たちの出会いからお話しさせていただきましょうか。
　私たちは物心つく前から一緒に遊んでいた幼馴染なのです。希美ちゃんは、私が住む市営のアパートから、道なりに一分ほど進んだ場所に住んでいました。確か希美ちゃんのお父さんが勤める会社の寮だったと思います。建物の距離としては、私と彼女の家は隣同士と言ってもよかったのですが、二つの宅地の間に細い川が流れていて、彼女の家に行くには公道に出て遠回りしないといけなかったので、彼女の家に行くのは大変な作業でした。幼い頃は、歩くだけでも大変な作業なんですよね。五歳くらいの子供というのは、まだ認知できる範囲と言うのが狭く、小さい世界の中に生きていますから。私にとって希美ちゃんの家に行くのは、その小さな世界の端っこと端っこを行き来するくらいの重労働に感られたのです。それに加えて、彼女の家に行く途中にいる二宮さんの飼い犬が、私に向かって吠えてくるのがとても怖かったのです。私が犬嫌いになった原因は、希美ちゃんの家に遊びに行く途中にいるあの犬が、原因だったのだと思います。ごめんなさい。これは関係ないですね。

　希美ちゃんの特徴についても説明させていただきます。希美ちゃんは生まれつき足の悪い子でした。彼女の足は折れ曲がったように動き（上手く説明できないのですが、関節をうまく伸ばすことが出来ないらしいのです）、その所為で彼女は上手く走る事が出来ないようでした。
　その障害が要因なのかどうかはわかりませんが、希美ちゃんはひどく負けず嫌いの性格に育ちました。努力家であり、そして一日も学習を欠かさない頭のよい子に育ちました。彼女は恐らく、自分のハンディキャップを気にしていたのだと思います。勉学では絶対に周りの人間に負けたくないと思っていたのでしょう。運動ではどうしても他人より劣ってしまいますから。
　そのような我の強い彼女とは対照的に、私はいつものほほんと暮らしている事なかれ主義な子でした。ぼけっとしている私と希美ちゃんでは性格が正反対だったのですが、その分だけ、お互いに付き合いやすかったのかもしれません。私たちはお互いの欠点を上手にカバーし合いながら付き合っていたように思います。もちろん、小さい頃はそんなこと考えずに、ただ家が近かったから遊んでいただけですけどね。

　そういえば幼稚園に行く時も、私たちは一緒に通っていました。家から急な坂道を二十分ほど下った場所に、私たちが通う幼稚園はありました。
　今から考えれば、それぞれの親は、よく私たち二人だけで通わせていたなと思いますね。まあ車通りのほとんどない田舎町ですし、幼稚園に行くにも道なりにずっと歩いていれば着くので大丈夫だと思ったのでしょう。なにより、しっかり者の希美ちゃんがいればこそ、お互いの両親は大丈夫だと考えたのかもしれません。
　小さい頃の思い出は他にもあります。印象的な思い出を一つ語りましょう。
　小学校に入る直前あたりのことだったと思います。私たちの間ではポケモンというゲームが流行りました。丁度初代のポケットモンスターがゲームボーイで発売された頃だったと思います。最初は希美ちゃんがクリスマスプレゼントに買ってもらって、プレイをしていたんです。私はそれをただただ見ているだけでした。しかし、やはり見ているだけでは飽き足らなくなってきます。ですから一も二も無く、私も母親に同じ物をねだって買ってもらいました。希美ちゃんは赤色のバージョンを買っていたので、私は緑色のバージョンの方を買いました。お揃いと言うのはなんだか気恥ずかしく、同じ物を買うような場合には、いつも希美ちゃんとは違う色を選んでいたように思います。
　当時の私にとっては、そのポケモンがゲームという存在に触れる初めての体験でした。もちろん幼稚園生でしたから説明書なんてまともに読めてませんでしたし、プレイ中のゲームデータをセーブするという概念すらありませんでした。ですから私たちはいつも同じ場面からゲームを始め、同じことを繰り返していました。しかし、私たちにとってはその繰り返しこそが面白かったのです。同じことの繰り返しの中に、新たな発見があり、ゲームの世界で、私たちはトライアル＆エラーを繰り返しながら、世界のルールを学んでいきました。傷薬を使えば回復する。モンスターボールは何回か繰り返し当てれば、相手を捕まえられる。出来るだけ弱らせた方が捕まえやすい気がする。そういった、今となっては当たり前のようにわかるルールを、当時の私たちは、お互いに協力しながら、発見し、学んでいきました。

　小学校に入ると、希美ちゃんの頭の良さは、どんどんみんなの前で発揮されていきました。しかしながら、私がそんな希美ちゃんの頭の良さに気づいたのは、小学校四年生になってからです。二年生ぐらいの頃にはすでに、何で自分の分からない問題が希美ちゃんには分かるのだろうと不思議に思っていたこともあったのですが、小学校四年生になって、通信簿でお互いの成績を比べあうようになり、また、頭の良さがこの世の中で重要な意味合いを持ってくると言うことを理解した時に、私は彼女の頭の良さに初めて気が付いたんです。希美ちゃんは成績が優秀だと、私にもはっきりとわかったのです。ええ、私は馬鹿なんです。気づくのが遅すぎですよね。本当にのんびり屋で、勉強なんか一切してこなかったんです、私。希美ちゃんにも呆れられました。もうちょっと勉強のことを考えなさい。馬鹿になるわよ、なんて、からかうように言われました。私は、感覚や感性のみで、物事を乗り切ろうとするタイプなのです。その癖、絵も下手だし、工作も出来ないし、何より不器用だし、小学校四年生になるまで太っていたので、運動もあまりできませんでした。もちろん、希美ちゃんも運動は苦手でした。走るのが苦手なので仕方がない部分もあるのですが、希美ちゃんはたいてい、徒競走や、ドッヂボールなど勝ち負けが発生するスポーツに負けると怒ります。相手が鬱陶しがるほどに怒ります。だから、希美ちゃんの友達は私しかいませんでした。テストの点数や運動や、優劣と言う差がつけられる物事なら何でも、希美ちゃんは負けると本気で怒ります。相手が泣くまで怒ります。そんな彼女の怒りを受け止められるのは私しかいませんでした。と言うか、希美ちゃんが私に負けると言うことは全くと言っていいほどありませんでしたから、あまり怒る機会もなかったのかもしれません。テストでも希美ちゃんが勝ちますし、運動については、希美ちゃんは確かに私に負けてしまうのですが、たとえ私に負けようと、何故か怒ることはありませんでした。その理由を尋ねると「勉強で勝ってるからいい」と、そして「真悠ちゃんに負けてもあまり悔しいとは思わない」とも言っていました。
　テレビゲームで勝負する時も、私は希美ちゃんが勝つように、いつでも工夫していました。とにかく希美ちゃんが勝つようにプレイするのが、私のゲームの楽しみ方でした。希美ちゃんはそのように、私に接待プレイをされていることに気が付いていなかったように思います。希美ちゃんも楽しんでいたし、私も楽しんでいました。そして希美ちゃんが帰った後に、希美ちゃんが出した記録を、一人で更新すると言うのが、私の最も楽しみだったのです。私も、どちらかと言えば負けず嫌いだったのかもしれません。人前でそれを表すことは絶対ありませんでしたが。

　中学校に入る直前ぐらいに、私はインフルエンザにかかり、自分でも吃驚するくらいに痩せました。足腰が細くなり、もともと背が高かったこともあり、モデルのような体形になりました。自分で言うのもなんですけどね。その所為か分かりませんが、体が軽くなったように感じ、私は運動が得意になりました。五十メートル走なんかは、クラスの女子の中では一番の記録を出すまでになりました。人生ってわからないものです。しかし、そのあたりから、希美ちゃんは時々、私に冷たく当たるようになりました。特に体育の後や、私が痩せてちやほやされている時、そして中学に入って、とある男子と好意になったことも原因としてあったかもしれません。彼女は嫉妬していたのかもしれないと、今になっては思います。自分に無いものを、自分よりも劣っていると思っていた幼馴染が持ち始めたので彼女は嫉妬を感じたのでしょう。しかし当時は、そんな心の機微を、私は全く理解していませんでした。
　一応言っておきますが、その男子と親しくなったからと言って、私が彼と付き合っていたと言うわけでは決してありません。同じクラスになった彼の方から、言い寄られたのです。告白されただけなのです。私としても彼を振るのが申しわけなく、彼を傷つけない様に上辺だけ親しく接していました。告白に対する返事を曖昧にしたまま、私たちはよくわからない関係として時折、話をしていました。それに、誰かから好きだと言われるのは私としても悪い気分ではありませんでしたし、今まで告白されたことなど一度もなかったので、新鮮な気分だったのです。
　しかし、私が言い寄られることを、希美ちゃんは快く思っていなかったようです。希美ちゃんも決してブサイクではありません。背は小さいですが、むしろ私と同じくらいに目鼻立ちがはっきりとしていて、整っていたと思います。彼女がモテなかったのは、彼女の性格によるところが大きいと思います。
　私は必死に弁明しました。別にあの男の子が好きなわけじゃないんだよ、と。しかし彼女は「分かってる」と言うばかりで、冷たい目で私を見るだけでした。私の言い訳じみた言葉も、持つ者の余裕と受け取られたのかもしれません。
　しかし、ここで正直に言っておきます。
　私がこの世で好きなのは、希美ちゃんだけです。
　恋愛の対象になるのも、性行為の対象になるのも、私にとっては希美ちゃん一人しかいません。まあ、百歩譲って可愛らしい女の子が対象です。男は絶対にありえません。あんなものと結婚するくらいなら死んだ方がましです。
　私は希美ちゃんを愛していました。最初は、二年生くらいの頃だったでしょうか。私は無意識に、希美ちゃんが使った消しゴムのカスを、彼女に気づかれない様に、集めていました。希美ちゃんの髪の毛を、小箱に入れて集めていました。その時は、彼女に恋愛感情を抱いていたと言うわけではありません。ただ、何かの動物が、キラキラとしたガラスを巣に持って帰るようにして、私は習性のように、彼女から落ちた物、彼女がもう必要としなくなった何気ない物を集めていたのでした。何故集めていたのでしょうか。強いて理由を付けるとするのならば、私にとって希美ちゃんは唯一無二の掛け替えのない存在で、憧れで、近づくとドキドキしちゃう人で、そんな子の髪の毛や、食べかけのお菓子や、短くなった鉛筆を集めてしまうのは仕方のないことだと思うのです。
小学校五年生くらいになって、私は彼女への想いに、それと同時に自分が異端者なのだと言うことに、初めて気がつきました。周りと比べて、私が異常だと言う事に気が付いたのです。周りの女子が話すのは、好きな男子のことばかりです。そうです。同性が恋愛対象になる女の子などいません。同性の幼馴染が好きだなんて子は、周りに一人もいないのです。好きな子の消しゴムのカスを集めている子も、もちろんいませんでした。
　消しゴムのカスや髪の毛を拾っている時も、彼女らにとっては、違う理由に勘違いされても見えているらしいのです。希美ちゃんの物を集めている時、人々は、私がゴミを拾っていると勘違いし、誉めてくれさえするのです。
「真悠ちゃんって綺麗好きだね」
　私は常々そう評価されてきました。ただ家に帰って眺める目的で髪の毛を拾っているだけなのに。
好きな子の物を集めていると言う発想を彼女らが抱かないこと自体が、私にはとっても不思議に感じられたのです。

　
　そろそろ事件の核心に迫っていきます。
　希美ちゃんのことを語り出すと、もう止まらなくなってしまいそうなので。
そうですね。高校に入ってから、私たちの関係は大きく変化を遂げたように思います。と言うか、私が希美ちゃんを殺したきっかけは、高校生になってからの私たちの関係にあるのです。
私は希美ちゃんと一緒の高校に入学しました。必死に受験勉強をし、なんとか希美ちゃんが入学する私立高校へと受かったのです。希美ちゃんは第一志望の、地域で一番偏差値が高い学校に入りたかったようなのですが、結局は落ちてしまい、滑り止めの私立高に入らざるを得ない状況でした。そのことも、私にとっては幸運だったのです。偏差値が一番の高校は、さすがに私では無理でした。だから運を天に任せ、彼女が落ちるのを、私立高校に受かった後で必死に願っていたのです。

　私立校に入ってから、彼女は真面目に勉強をすることを止めてしまいました。私たちは偶然にも同じクラスになりましたが、彼女は私とは話したくないという雰囲気で、私に冷たい態度を取っていました。それに、彼女は自らを貶めていくように、馬鹿っぽい女の子たちと付き合うようになってしまいました。いかにもギャルといった女の子たち。プリーツスカートを短くし、髪色を茶色にし、細かいアクセサリーで周りに差をつけ、化粧もばっちり決めてきちゃうような女の子たち。連れだって女子トイレに向かい、嫌いな人たちのことで散々に盛り上がる女の子たち。顔の良い男子に媚びるように甘えた声をだし、裏では男って単純だよと笑い合っている女の子たち。希美ちゃんはそんな薄っぺらい女の子たちとつるむようになりました。私が話しかけても、彼女は無視するばかりです。そうして希美ちゃんが無視すると、彼女の仲間内の女子たちは、大声で笑います。しかし、私はそんなことも気にせずに、何回も希美ちゃんに話しかけました。
「ねえ、今度一緒に図書館行こうよ。希美ちゃんのおすすめの小説また教えて」
　しかし、希美ちゃんから返ってくる答えは沈黙以外にありませんでした。
　そのうち、彼女の仲間の女子から、私はいじめを受けるようになりました。「こいつキモくね？」と彼女らは笑いながらわざわざ私の席までやってきて、私の机にぶつかったり、何気なく蹴ったり、パックのジュースを潰してさりげなく私に中の液体を浴びせかけたりしてきたのです。希美ちゃんはそんな様子をつまらなそうに眺めては、「そんな馬鹿苛めてないでカラオケ行こうよ」などと行って、彼女らとともに離れていきます。一体なぜ、希美ちゃんがそんな馬鹿な女子たちとつるむようになったのか。私には不思議で仕方がありませんでした。彼女は受験に落ちたことで自棄になり、性格も変わってしまいました。彼女はもう負けず嫌いではありませんでした。テストで学年トップになれなくても、つまらなそうに笑いながら「負けちゃった」と言うようになりました。誰かと競い合う場面でも、努力をしない様になりました。人間関係のコツを学んだのか、人当たり良く接するようになりました。昔の、私の幼馴染だった彼女は、もうそこには居ませんでした。
　
　ある休日、海岸通りを仲間内と歩いている希美ちゃんを見つけました。
　私はなるべく明るく響くような声で、彼女に呼びかけました。
「希美ちゃーん！」
　そして私は彼女の元まで駆けよりました。私が声を掛けても、しかし希美ちゃんは冷たい目で私を睨むばかりで、返事をしてくれません。一体どうしてでしょう。私が何かしてしまったのでしょうか。もし何かしたのなら謝ります。罪も償います。どんなことでもします。だから私を嫌わないでほしい。あなたに嫌われたら、私の生きる意味はなくなります。私にとってはあなたが全てです。あなたこそが私の希望であり、生きる意味であり、存在意義なのです。どうか私を嫌わないでほしい。私を一人ぼっちにしないでほしい。
　私がそのような事を言うと、仲間内の女子は大爆笑をしながら、私を蹴飛ばしました。
「お前誰だよ。うぜーんだよ」
　希美ちゃんは女の子たちから少し離れた場所で、私に振るわれる軽い暴力を眺めていました。目が合うと、興味を失くしたように、ぷいと視線を逸らしてしまいます。
「こいつ可愛い鞄、持ってるじゃん」
　私が中学校の時から使っている、兎の刺繍の付いた白い肩掛け鞄を、彼女らは面白そうに掴みました。そして、それを五人で回して、馬鹿にしたように叩いたりしています。
「これカモメの餌にしちゃおうよ」
　彼女らの内の一人がそう言いました。周りの女の子たちは同意するように「いいねー」と言いながら、囃し立てます。そして提案した女の子は、鞄を持ったまま大きく振りかぶって、海の方を向きました。直感的に――投げられるっ！――と思いました。しかし私にはどうすることも出来ません。彼女らはなんて残酷な事を考えるのでしょうか。なぜ私がこんな目に合わないといけないのでしょうか。彼女らは、海に向かって、そして少し離れて静観していた希美ちゃんに向かって「ほーら、パス」と言って思いっきり投げました。
　希美ちゃんは一瞬反応したものの、すぐに手を引っ込めて、私の大切な鞄を見送りました。そして海へ向かって、弧を描いて私の鞄は沈んで行きます。希美ちゃんが小さく口を開き「あ……」と言うのが聞こえました。しかし、すぐに沈んで行った方向から顔を背けて、無理やり冷たい表情を作るように、仲間内の女の子たちの元へ向かいました。女の子たちは「取れなかったねー」と言って笑いながら、希美ちゃんを迎え、そして私のことなど忘れたように、繁華街の方へ歩いて行きました。
　

　次の週の土曜日。私は、希美ちゃんの家に向かいました。学校を一週間休んで、私の心はもうボロボロの状態でした。彼女に会って、私を嫌った理由を尋ねたいと思いました。しかし普通に会いに行っても、門前払いされることは分かっていました。だから私は、夜中に窓から忍び込むことにしました。夏場の窓は、大抵開いているものです。エアコンをしながら眠る人は、この田舎ではあまりいません。海から涼しい風が吹いてきますし、元々あまり暑い気候の土地ではないからです。私は皆が寝静まった夜中に、彼女の部屋に、窓から忍び込みました。
　彼女はベッドで眠っていました。まるで毒りんごを食べさせられた白雪姫の如く昏々と眠りについていました。しっかりとタオルケットを全身にかぶって。微かな寝息を立てて、眠りの底についているようでした。
「ねえ、何で私を嫌うの？」
　彼女は、しかし答えません。
「ねえ、何で答えてくれないの」
　返事なし。
「どうして？」
　沈黙。
　私は海から拾い上げたあの白いバックを床に置きます。それから、中に仕舞ってある中華包丁を取り出します。希美ちゃんはやはり、目を覚ましません。私はもう、希美ちゃんの眼中に入っていないのだと思いました。希美ちゃんの人生に加わっていないのだと思いました。そして完璧に私から離れて行ってしまったのだと思いました。私は悲しみました。希美ちゃんのいない人生など耐えられないと思いました。希美ちゃんに無視され続ける人生など耐えられないと思いました。私は、希美ちゃんとずっと一緒に居たかったのです。希美ちゃんを私のものにしたかったのです。私は眠り続ける希美ちゃんを、いっそ私のものにしてしまおうかと考えました。私を無視し続ける希美ちゃんなどいらない。何も言わずに、美しい顔で眠り続ける希美ちゃんを、ずっと私の手元に置いておきたい。そう、依然集めていた髪の毛や消しゴムのカスのように。希美ちゃん自身を、私のコレクションに加えてしまいたい。私はそう思い立ったら、居ても立ってもいられませんでした。と言うか、包丁を持ってきている時点で、私は彼女を殺してしまうことを既に決定していたのだと思います。私は彼女の首を切りました。彼女は沈黙の中に死んでいきました。ためらいなく首に包丁を差し込み、たくさんの血を流させ、大きな傷跡を作ってしまうと、彼女はもう一直線に死へと向かっていきました。殺されていることに気が付いて目を覚ましましたが、すでに体は痙攣し、喉に穴が開き、口からはひゅうひゅうと言う風切り音に似た音が出るばかりで、そこから意味のある言葉、私が聴き取れる言葉は出てきませんでした。彼女は静かに、私に首を切られました。しかし、彼女は最後、笑っていたように思います。親友である私に切られるならば本望だとばかりに、微笑んでいたように感じたのです。それは私の勝手な思い込みでしょうか。そうして彼女は呆気なく、私に首を切られ死にました。
　それから私は、彼女の首を家へと持って帰りました。胸元に彼女の生首を抱え、私は夜の田舎町を疾走しました。誰にも見つからなかったことは幸運でした。一度だけ車とすれ違いましたが、運転手は私の抱えている物を見たでしょうか。もし見ていたのなら、出頭せずとも、いずれ逮捕されていたかもしれませんね。
　私は持って帰った生首を、丁寧に洗って、血をふき取りました。床に垂れた血も拭き取ります。もしかしたら、希美ちゃんの家からここに来るまでの道のりに点々と血が滴り落ち、道標のように私の家に繋がっていたかもしれません。朝方に、台風の影響で強い雨が降ったことは、もはや幸運としか言いようがありません。雨が血を消してくれたのでしょう。
　午前七時ごろに、パトカーのサイレンが私の家前を通過していく音を聞いていました。不思議と、不安な気持ちはありませんでした。警察に捕まるまでの期間が、私と希美ちゃんの最後の日々、猶予期間であるように思ったからです。


　私は希美ちゃんの首を、自室の押し入れの中に隠しました。座布団を敷いて、その上に彼女を乗せました。誰にも見つからない様に。希美ちゃんの首は立たせようと思っても安定せず、ごろごろ転がってしまうので、壁に立て掛けてあげました。大きく見開かれる濁った眼に、恐怖の形のまま歪んだ口。青白く変色した皮膚の色。そのようになってしまっても、希美ちゃんは私が喋りかけたことに、返事をしてくれます。だから私は毎日、希美ちゃんの首に向かって話しかけました。
「私ね、将来デザイナーになりたいな。建築のデザインとかをしたいんだ」
　私がそう言うと、彼女は少し悩むように一呼吸置いた後で、答えてくれます。
「ふーん、そうなんだ。私は特に決まっていないな。って、もう死んでるから何にもなれないかな」
　希美ちゃんは死んでしまって吹っ切れたのか、以前のように私と話してくれるようになったのです。理由を尋ねると、「だってもうアンタしか話し相手いないし、もうここから出してはくれないんでしょ？」と答えてくれました。希美ちゃんを殺した挙句自由まで奪ってしまった事を、今更ながらに悪く感じてしまい私は謝ったのですが「もう過ぎたことだし、いいよ。私のことがばれたら、アンタ捕まっちゃうだろうし。それに、死ぬのも案外悪くないよ」と自分勝手な私を赦すように微笑みかけてくれたのです。
　私はそのように、親が仕事で出かけている間、ずっと希美ちゃんの生首とお話をしていました。最初、彼女は黴臭い押し入れの中に閉じ込められたことに不満を抱いていたようでしたが、それでも「なんだかドラえもんになったみたい」と冗談めかして小さく笑ったりもしてくれて、彼女も生首ライフを受け入れてくれているような雰囲気がありました。
「なんかさ、死んでから全てがどうでもよくなっちゃった」
　希美ちゃんは、唐突にそう語りました。彼女が死んでから三日が経った日のことです。
「それはまあ……死んだらどうでもよくなるんじゃない？」
　私がそう答えると「アンタが殺したんじゃん」と笑いながら返されました。
「私はね」
　そう呟いた後で彼女は続けます。
「生きている時ね、ずっと苦しみに包まれ続けていたの。クラスメイトの中でも常に一番でなければ嫌だったし、そして私の醜い足も、引きずるようにしか歩けないあの嫌ったらしい足も、私にとっては重りでしかなかった。苦しみでしかなかった。私は生まれた時から、重いハンディキャップを引きずって歩いてきた。このハンディキャップの所為で、私はマイナスからのスタートを余儀なくされた。私は全ての人に勝たないといけないと思い込んでいた。ハンディキャップを負わずに普通に歩ける人たちに勝てることを証明するために私の人生はあったと言っても過言ではないの。でも、死んでしまったらもうそんなこと関係ないもんね。なんだか楽になった気がする。あの醜い足から私を切り離してくれて、むしろ感謝しているくらいなんだ。ありがとう」
　希美ちゃんはそう言って、照れくさそうに笑いました。足が悪いよりも、首だけになった方がよほどハンディキャップなのではないかとも思いましたが、私にそんな事を言う資格はもちろんありませんでした。なにしろ私が希美ちゃんをそのようにしてしまったのですから。本来なら罵倒されても、同じ目にあわされても仕方がないほどに、社会的には、人道的には、酷いことをしてしまったのです。それでも首だけになった希美ちゃんは私を赦してくれました。しかし希美ちゃんが許してくれていても、私は自分自身を赦すことはできません。衝動的に、精神が病んだ末に、希美ちゃんを殺してしまいましたが、そんな理由があったからと言って、私は私を赦せるはずがありません。世間も赦してはくれないと思います。ですから、私は希美ちゃんと一週間を過ごして、それから警察署へ自首することを、この日に決めたのです。

　それからの四日間、私は希美ちゃんとの最後の日々を過ごしました。彼女とおしゃべりをしたり、彼女とキスをしたり、彼女の首を抱えながら一緒に眠ったり、彼女をバッグに隠しながら一緒にお散歩したり、彼女と一緒にお風呂に入ったり。彼女はだんだんと己の腐臭を強めていましたが、しかし私にはそんなこと気にもなりませんでした。彼女の肉が腐っていこうと、彼女の皮膚が縮んでしまおうと、私にはそこに希美ちゃんと言う存在があればそれでよいのです。たとえどんな姿になろうと、希美ちゃんはいつでも、あの時のように私とおしゃべりを続けてくれるのです。私は希美ちゃんの抜け落ちる髪を集めて、小箱に入れて、それをこっそりと舐めたり、口に含んで味を楽しみながら、希美ちゃんと言う存在を感じていました。希美ちゃんにばれたら彼女は怒ったかもしれないけれど、しかし私は、どうしてもそれをしなければおさまらないような、強い欲望を感じていたのです。
　そう。生きている人間には、どうしても欲望というものが付きまとうのです。私たちには、抑えきれない欲望という化け物が付きまとうのです。あなたにもわかるでしょう？　人前では抑えながらも、決して他人には明かさない内に秘めた欲望を、時には陰に隠れて、汚らしく発散する瞬間。それは、どのような聖人然とした人物にもあるように私は思うのです。これは決して言い訳ではなく、欲望という枷から、人は生涯逃れられないのだと思います。私も。そしてあなたも。
　だからこそ、私は希美ちゃんを、自分のものにしてしまいたいと思ったのでしょう。彼女の家に忍び込んだあの瞬間にそう思っていなくても、私はいつかきっと希美ちゃんを殺してしまっただろうと思います。私は意思の弱い人間です。理性と言うストッパーが外れやすい人間なのです。だから、私は希美ちゃんを半永久的に自分だけの存在とし、閉じ込め、その腐っていく姿でさえも、自分だけのものにしたいと思ったのです。だから、私は希美ちゃんを殺してしまったのだと思います。

　これが私の起こした事件の概要、そして動機です。もしあなたが訊きたいことがあれば、何でも訊いてください。質問してください。
　え？
　意味わかんないですね。
　私が幼馴染だと主張する田尻希美なんて人物はいない？
　捜査をしたが、この町にそんな人物は存在しない？
　私に幼馴染の女の子などいなかった？
　刑事さん、なに言ってるんですか。希美ちゃんはいますよ。私は希美ちゃんを殺したんです。愛ゆえに殺してしまったのです。物心つく前から私の傍にピタリとついていて、いつも話し相手になってくれていて、いつも一緒に幼稚園や学校に通っていて、一緒に遊んだりして、私といつも一緒にいた女の子。いますよ。います。いますから。絶対に間違いなくいますから。
　希美ちゃんはいますよ。
　え？
　私が殺したのは、クラスメイトの川村恵美さん？
　私を苛めていた人？
　じゃあ私の愛した希美ちゃんは誰だったのでしょうか。希美ちゃんはどこにいるのでしょう。私が毎日おしゃべりしていた人は誰だったんでしょう。私が押し入れに仕舞っていた女の子の頭は誰のものだったんでしょう。私がキスをした女の子は誰だったのでしょう。私が髪の毛を抜いて集めていた女の子は誰だったのでしょう。いつも私の傍にいたあの子は誰だったのでしょう。希美ちゃんは一体、どこに行ってしまったんでしょう。私は誰を殺したのでしょう。ねえ、刑事さん、希美ちゃんは何故、私の傍にいたのでしょうのか。何故私は希美ちゃんなる存在を殺したのでしょうか。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、どうしたの？

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　※

　被疑者との事情聴取を調書にしてから、私は一息つく。彼女は近日中にも起訴されるだろう。そして、精神鑑定をされるかどうか判断されるように思う。彼女は自分の中で作りあげた幻の存在に翻弄され、全く関係のないクラスメイトを殺してしまった。このような、常人にとって不可解な事件は多数あるが、まだ未来のある少女が、現実と妄想の境を定められず狂ってしまい、凶行に走ると言うのはやはりやりきれない。それらの事件にいちいち同情しては刑事として精神が持たないが、しかしこのような少女が、世間に晒されて、色々と好き勝手に言われるのは、どうなのだろうと、たまに疑問に思うことがある。もちろん、私にどうにかできる問題ではないし、私の能力をはるかに超えた問題ではあるのだが。
　ひとつ。資料として、被疑者が小学生の頃に書いた文章がある。彼女と仲が良かった友人が一人だけ存在して、その子が車に轢かれて死んだしまったすぐ後に、被疑者が書いた文章。被疑者がショックのあまり自殺未遂をする直前に書かれた文章らしい。それをここに提示しておきたいと思う。

　資料。

ねえ希美ちゃん、神様がさっき十二号線の信号で、首をつっていたけど、
ねえ希美ちゃん、そちらの世界の音は沈黙に包まれていますね
ねえ希美ちゃん、あなたに姿は見えないけど、私の彼女が死んだよ
ねえ希美ちゃん、黙る

ねえ希美ちゃん、あの時のキャンディを捨てに行きます
ねえ希美ちゃん、墓石に持っていく友人の顔を、（おはよう）
ねえ希美ちゃん、十二分間、生きてよ
ねえ希美ちゃん、黙れ

音のない。

三秒。


ねえ希美ちゃん、海では呼吸が続かないなどと誰が言ったの
ねえ希美ちゃん、君たちは何でも現象に名前を付けるのね
ねえ希美ちゃん、糞ガキを殺したい
ねえ希美ちゃん、だまらっしゃい

「　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　」

ねえ希美ちゃん、空から落ちてくる水に雨という名前を付けてから人類は終わったね
ねえ希美ちゃん、神様は何故、私を無視するのだろうか
ねえ希美ちゃん、さっき家の前で、知らない人が車に轢かれていたよ
ねえ希美ちゃん、黙り込む

ねえ希美ちゃん、　　　　　　、　　　　　。
ねえ希美ちゃん、　　　　　。
ねえ希美ちゃん、　　　　　　　　。
ねえ希美ちゃん、　　　。


さっきから頭の中で／（美しい！）　　　　　　　　　　


ねえ希美ちゃ


お前は誰だ。

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