てきすと怪2014
 1 «〔 作品2 〕» 3  9 
分裂
投稿時刻 : 2014.08.12 15:12 最終更新 : 2014.08.29 02:50
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分裂
木下季花


 私が希美ちんを殺したのは、今から一週間ほど前のことです。希美ちんの家にこそりと侵入し、眠ている彼女の首を切断しました。あなたに、首を切断する時の苦労というものが分かりますか? 人間を首から真二つにするという作業は、以外に手こずるものなのです。私は希美ちんを殺すのに、予想よりも多くの時間をかけてしまいました。一時間ほどの時間をかけ、ようやく彼女の首を切断できたのです。
 時間がかかた大きな要因の一つは、包丁の刃がなかなか進まなかたからだと思います。最初は首にすと切れ目が入り、刃の部分が深く肉に刺し込まれていたのですが、途中から溢れる血の量が多くなり、刃が滑てなかなか進まなくなてしまたのです。私はノコギリを使う時のように、刃を引いたり押したりしながら、彼女の首をようやく真二つに切断することに成功したのです。
 そのような手法で彼女を殺してから、私は彼女の首を自宅に持ち帰りました。そして一週間ばかり、思う存分、彼女の首を愛でました。可愛い希美ちんの首。パチリ開いたお目目。ちこんとついているお耳。
 私はなんだかうれしくなて、彼女にキスをしたり、抱き着いたりしました。たぷりと彼女を愛で、自分なりに満足した後で、私はようやく罪を受け入れるために、警察署に出頭しました。ええ、その事はあなたもご存じかと思います。
 え?
 彼女の首を持ち去た時のことを、もと詳しく聞きたい?
 うー……分かりました。
 あなたがそうおるなら、お話したいと思います。私には話す義務があると思いますし。
 ですが、あなたに詳しい事情を説明するには、もう少し時間を遡てお話しなければならないと思います。私が希美ちんを殺してしまう前、私と希美ちんがどんなに仲が良かたのか、どのように日々を過してきたのか、お互いにどのような関係だたのか、その部分からお話しなければならないと思います。

 そうですね。まず私たちの出会いからお話しさせていただきましうか。
 私たちは物心つく前から一緒に遊んでいた幼馴染なのです。希美ちんは、私が住む市営のアパートから、道なりに一分ほど進んだ場所に住んでいました。確か希美ちんのお父さんが勤める会社の寮だたと思います。建物の距離としては、私と彼女の家は隣同士と言てもよかたのですが、二つの宅地の間に細い川が流れていて、彼女の家に行くには公道に出て遠回りしないといけなかたので、彼女の家に行くのは大変な作業でした。幼い頃は、歩くだけでも大変な作業なんですよね。五歳くらいの子供というのは、まだ認知できる範囲と言うのが狭く、小さい世界の中に生きていますから。私にとて希美ちんの家に行くのは、その小さな世界の端こと端こを行き来するくらいの重労働に感られたのです。それに加えて、彼女の家に行く途中にいる二宮さんの飼い犬が、私に向かて吠えてくるのがとても怖かたのです。私が犬嫌いになた原因は、希美ちんの家に遊びに行く途中にいるあの犬が、原因だたのだと思います。ごめんなさい。これは関係ないですね。

 希美ちんの特徴についても説明させていただきます。希美ちんは生まれつき足の悪い子でした。彼女の足は折れ曲がたように動き(上手く説明できないのですが、関節をうまく伸ばすことが出来ないらしいのです)、その所為で彼女は上手く走ることが出来ないようでした。
 その障害が要因なのかどうかはわかりませんが、希美ちんはひどく負けず嫌いの性格に育ちました。努力家であり、一日も学習を欠かさない頭のよい子に育ちました。彼女は恐らく、自分のハンデプを気にしていたのだと思います。勉学では絶対に周りの人間に負けたくないと思ていたのでしう。運動ではどうしても他人より劣てしまいますから。
 そのような我の強い彼女とは対照的に、私はいつものほほんと暮らしている事なかれ主義な子でした。ぼけとしている私と希美ちんでは性格が正反対だたのですが、その分だけ、お互いに付き合いやすかたのかもしれません。私たちはお互いの欠点を上手にカバーし合いながら付き合ていたように思います。もちろん、小さい頃はそんなこと考えずに、ただ家が近かたから遊んでいただけですけどね。

 そういえば幼稚園に行く時も、私たちは一緒に通ていました。家から急な坂道を二十分ほど下た場所に、私たちが通う幼稚園はありました。
 今から考えれば、それぞれの親は、よく私たち二人だけで通わせていたなと思いますね。まあ車通りのほとんどない田舎町ですし、幼稚園に行くにも道なりにずと歩いていれば着くので大丈夫だと思たのでしう。なにより、しかり者の希美ちんがいればこそ、お互いの両親は大丈夫だと考えたのかもしれません。
 小さい頃の思い出は他にもあります。印象的な思い出を一つ語りましう。
 小学校に入る直前あたりのことだたと思います。私たちの間ではポケモンというゲームが流行りました。丁度、初代のポケトモンスターがゲームボーイで発売された頃だたと思います。最初は希美ちんがクリスマスプレゼントに買てもらて、私の前で自慢するようにプレイをしていたんです。私はそれをただただ見ているだけでした。しかし、やはり見ているだけでは飽き足らなくなてきます。ですから一も二も無く、私も母親に同じ物をねだて買てもらいました。希美ちんは赤色のバーンを買ていたので、私は緑色のバーンの方を買いました。お揃いと言うのはなんだか気恥ずかしく、同じ物を買う場合には、いつも希美ちんと違う色を選んでいたように思います。
 当時の私にとては、それがゲームに触れる初めての体験でした。もちろん幼稚園児でしたから説明書なんてまともに読めませんし、プレイ中のゲームデータをセーブするという概念すらありませんでした。ですから私たちはいつも同じ場面からゲームを始め、同じことを繰り返していました。しかし、私たちにとてはその繰り返しこそが面白かたのです。同じことの繰り返しの中に、新たな発見があり、ゲームの世界で、私たちはトライアル&エラーを繰り返しながら、世界のルールを学んでいきました。傷薬を使えば回復する。モンスターボールは何回か繰り返し当てれば、相手を捕まえられる。出来るだけ弱らせた方が捕まえやすい気がする。そういた、今となては当たり前のようにわかるルールを、当時の私たちは、お互いに協力しながら、発見し、学んでいきました。

 小学校に入ると、希美ちんの頭の良さは、どんどんみんなの前で発揮されていきました。しかし、私がそんな希美ちんの頭の良さに気づいたのは、小学校四年生になてからです。二年生ぐらいの頃にはすでに、何で自分の分からない問題が希美ちんには分かるのだろうと不思議に思ていたこともあたのですが、小学校四年生になて、通信簿でお互いの成績を比べあうようになり、また、頭の良さがこの世の中で重要な意味合いを持てくると言うことを理解した時に、私は彼女の頭の良さに初めて気が付いたんです。希美ちんは成績が優秀だと、私にもはきりとわかたのです。ええ、私は馬鹿なんです。気づくのが遅すぎですよね。本当にのんびり屋で、勉強なんか一切してこなかたんです、私。希美ちんにも呆れられました。もうちと勉強のことを考えなさい。馬鹿になるわよ、なんて、からかうように言われました。私は、感覚や感性のみで、物事を乗り切ろうとするタイプなのです。その癖、絵も下手だし、工作も出来ないし、何より不器用だし、小学校四年生になるまで太ていたので、運動もあまりできませんでした。もちろん、希美ちんも運動は苦手でした。走るのが苦手なので仕方がない部分もあるのですが、希美ちんは徒競走や、ドヂボールなど、勝ち負けが発生するスポーツに負けると感情を爆発させるように怒るのです。相手が鬱陶しがるほどに怒ります。だから、希美ちんの友達は私しかいませんでした。みんな、希美ちんのことを面倒くさい奴だと思ていたようです。そんな彼女の負けず嫌いは、もちろん運動以外でも発揮されます。テストの点数やゲーム、服のセンスや、知識比べなど、優劣という差がつく物事なら何でも、彼女は負けると本気で怒りました。そんな彼女の怒りを受け止められるのは私しかいませんでした。と言うか、希美ちんは何故か、私に対して怒ることはありませんでした。その理由を尋ねると「勉強で勝てるからいい」、そして「真悠ちんに負けてもあまり悔しいとは思わない」と語てくれました。ただ、希美ちんが運動以外で私に負けることは、ほとんどなかたように思います。
 
 中学校に入る直前ぐらいに、私はインフルエンザにかかり、自分でも吃驚するくらいに痩せました。足腰が細くなり、もともと背が高かたこともあり、モデルのような体形になりました。自分で言うのもなんですけどね。その所為か分かりませんが、体が軽くなたように感じ、私は運動が得意になりました。五十メートル走なんかは、クラスの女子の中では一番の記録を出すまでになりました。人生てわからないものです。しかし、そのあたりから、希美ちんは時々、私に冷たく当たるようになりました。特に体育の後や、私が痩せてちやほやされている時、そして中学に入て、とある男子と好意になたことも原因としてあたかもしれません。彼女は嫉妬していたのかもしれないと、今になては思います。自分に無いものを、自分よりも劣ていると思ていた幼馴染が持ち始めたので彼女は嫉妬を感じたのでしう。しかし当時は、そんな心の機微を、私は全く理解していませんでした。
 一応言ておきますが、その男子と親しくなたからと言て、私が彼と付き合ていたと言うわけでは決してありません。同じクラスになた彼の方から、言い寄られたのです。告白されただけなのです。私としても彼を振るのが申しわけなく、彼を傷つけない様に上辺だけ親しく接していました。告白に対する返事を曖昧にしたまま、私たちはよくわからない関係として時折、話をしていました。それに、誰かから好きだと言われるのは私としても悪い気分ではありませんでしたし、今まで告白されたことなど一度もなかたので、新鮮な気分だたのです。
 しかし、私が言い寄られることを、希美ちんは快く思ていなかたようです。希美ちんも決してブサイクではありません。背は小さいですが、むしろ私と同じくらいに目鼻立ちがはきりとしていて、整ていたと思います。彼女がモテなかたのは、彼女の性格によるところが大きいと思います。
 私は必死に弁明しました。別にあの男の子が好きなわけじないんだよ、と。しかし彼女は「分かてる」と言うばかりで、冷たい目で私を見るだけでした。私の言い訳じみた言葉も、持つ者の余裕と受け取られたのかもしれません。
 しかし、ここで正直に言ておきます。
 私がこの世で好きなのは、希美ちんだけです。
 恋愛の対象になるのも、性行為の対象になるのも、私にとては希美ちん一人しかいません。まあ、百歩譲て可愛らしい女の子が対象です。男は絶対にありえません。あんなものと結婚するくらいなら死んだ方がましです。
 私は希美ちんを愛していました。最初は、二年生くらいの頃だたでしうか。私は無意識に、希美ちんが使た消しゴムのカスを、彼女に気づかれない様に、集めていました。希美ちんの髪の毛を、小箱に入れて集めていました。その時は、彼女に恋愛感情を抱いていたと言うわけではありません。ただ、何かの動物が、キラキラとしたガラスを巣に持て帰るようにして、私は習性のように、彼女から落ちた物、彼女がもう必要としなくなた何気ない物を集めていたのでした。何故集めていたのでしうか。強いて理由を付けるとするのならば、私にとて希美ちんは唯一無二の掛け替えのない存在で、憧れで、近づくとドキドキしちう人で、そんな子の髪の毛や、食べかけのお菓子や、短くなた鉛筆を集めてしまうのは仕方のないことだと思うのです。
小学校五年生くらいになて、私は彼女への想いに、それと同時に自分が異端者なのだと言うことに、初めて気がつきました。周りと比べて、私が異常だと言う事に気が付いたのです。周りの女子が話すのは、好きな男子のことばかりです。そうです。同性が恋愛対象になる女の子などいません。同性の幼馴染が好きだなんて子は、周りに一人もいないのです。好きな子の消しゴムのカスを集めている子も、もちろんいませんでした。私が消しゴムのカスや髪の毛を拾ている時も、彼女らはゴミを拾ていると勘違いし、誉めてくれさえするのです。
「真悠ちて綺麗好きだね」
 私は常々そう評価されてきました。ただ家に帰て眺める目的で髪の毛を拾ているだけなのに。
 好きな子の物を集めていると言う発想を彼女らが抱かないこと自体が、私にはとても不思議に感じられたのです。

 そろそろ事件の核心に迫ていきます。
 希美ちんのことを語り出すと、止まらなくなてしまいそうなので。
 そうですね。高校に入てから、私たちの関係は大きく変化を遂げたように思います。と言うか、私が希美ちんを殺したきかけは、高校生になてからの私たちの関係にあるのです。
 私は希美ちんと一緒の高校に入学しました。必死に受験勉強をし、なんとか希美ちんが入学する私立高校に合格することが出来たのです。
 希美ちんとしては第一志望の、地域で一番に偏差値が高い学校に入りたかたようなのですが、しかし合格することが出来ず、滑り止めの私立高に入らざるを得ない状況に陥てしまいました。そのことも、私にとては幸運だたのです。偏差値が一番の高校は、さすがに私では無理でした。希美ちんが志望校に落ちたことで、私たちは同じ高校に入学することが出来たのです。

 しかし彼女は志望校に落ちたことで、自暴自棄になていました。私立校に入学してから、彼女は真面目に勉強をすることを止めてしまたのです。そして私とも距離を置くようになりました。
 私たちは偶然にも同じクラスになることが出来たのですが、希美ちんは私に冷たい態度を取るようになり、会話をしてくれなくなりました。話しかけても返事をしてくれなくなりました。あからさまに無視をするようになりました。理由は分かりませんが、彼女は私を嫌い、私から離れていくようになりました。それに彼女は、自らを貶めていくように、馬鹿ぽい女の子たちと付き合うようになりました。プリーツスカートを短くし、髪色を茶色にし、細かいアクセサリーで周りに差をつけ、化粧もばちり決めてきちうような女の子たち。連れだて女子トイレに向かい、嫌いな人たちのことで散々に盛り上がる女の子たち。顔の良い男子に媚びるように甘えた声をだし、裏では「男て単純だよ」と笑い合ている女の子たち。希美ちんはそんな薄ぺらい女の子たちとつるむようになりました。私は何度も彼女に向かて話しかけました。しかし彼女は私を無視するばかりです。そうして希美ちんが無視すると、彼女の仲間内の女子たちは、大声で笑います。私はそんなことを気にせずに、何回も何回も何回も何回も希美ちんに話しかけました。
「ねえ、今度一緒に図書館行こうよ。希美ちんのおすすめの小説また教えて」
 明るく声を掛けたつもりなのですが、やはり希美ちんから返てくる答えは沈黙以外にありませんでした。
 それを何回も繰り返していると、次第に教室内でも、私は浮いた存在となていきました。反応のない女の子に話しかけている、気味の悪い女の子として。やがて希美ちんの仲間内の女子から、次第にいじめを受けるようになりました。「こいつキモくね?」と彼女らは笑いながらわざわざ私の席までやてきて、私の尊厳を踏みにじろうとします。私の机にぶつかたり、何気なく蹴たり、パクのジスを潰して私に液体を浴びせかけたり。希美ちんはそんな様子をつまらなそうに眺めては、「そんな馬鹿苛めてないでカラオケ行こうよ」などと言て、彼女らとともに離れていきます。一体なぜ、希美ちんがそんな馬鹿な女子たちとつるむようになたのか。私には不思議で仕方がありませんでした。彼女は受験に落ちたことで自棄になり、性格も変わてしまいました。彼女はもう負けず嫌いではありませんでした。テストで学年トプになれなくても、つまらなそうに笑いながら「負けちた」と友達に言うようになりました。誰かと競い合う場面でも、努力をしない様になりました。人間関係のコツを学んだのか、人当たり良く接するようになりました。昔の、私の幼馴染だた彼女は、もうそこには居ませんでした。跡形もなく消えてしまいました。
 
 私は次第に病んでいきました。友達も作れずに、親友だた女の子からも無視され、私には学校生活が苦痛で仕方なくなりました。みんなが私を嗤ているように感じました。みんなが私を嫌ているように思えました。私は学校に行くのが嫌になり、次第に学校を休みがちになり、引き篭もるようになていきました。
 そうして、どんどん事件の日は近づいていきます。
 私が希美ちんを殺す切掛けになたのは、とある休日に起こた出来事の所為です。
 私は小説を買うために近所の本屋に出かけていました。その帰り道、偶然にも、海岸通りを仲間内と歩いている希美ちんを見つけました。希美ちんは、ダメージジーンズを穿き、派手な色遣いのシツを身に着け、以前とは違う雰囲気で、友達と楽しそうに笑ていました。私は、しかし久々に希美ちんの姿を見れたことが嬉しく、思わず彼女に声を掛けてしまたのです。
 なるべく明るく響くように、彼女に大声で呼びかけました。
「希美ちん!」
 私は叫びながら、彼女の元まで駆け寄ります。しかし希美ちんは冷たい目で私を睨むばかりで、返事をしてくれません。何故でしう。私が何か、彼女を怒らせることをしてしまたのでしうか。もし私が何かしたのなら謝ります。罪も償います。どんなことでもします。だから私を嫌わないでほしい。あなたに嫌われたら、私の生きる意味はなくなります。私にとてはあなたが全てです。あなたこそが私の希望であり、生きる意味であり、存在意義なのです。どうか私を嫌わないでほしい。私を一人ぼちにしないでほしい。
 私がそのような事を言うと、仲間内の女子は大爆笑をしながら、私を蹴飛ばしました。
「お前誰だよ。うぜーんだよ」
 希美ちんは友達から少し離れた場所で、私に振るわれる軽い暴力を眺めていました。目が合うと、興味を失くしたように、ぷいと視線を逸らしてしまいます。
「こいつ可愛い鞄、持てるじん」
 彼女は目敏く、私の持ている鞄を見つけました。私が中学校の時から使ている、兎の刺繍の付いた白い肩掛け鞄を、彼女らは面白そうに掴みます。そして、それを五人で回して、馬鹿にしたように叩いていました。
「これカモメの餌にしちおうよ」
 彼女らの一人が、唐突にそう言いました。周りの女の子たちは同意するように「いいねー」と笑いながら、囃し立てます。提案した女の子は、鞄を持たまま大きく振りかぶて、海の方を向きました。直感的に――投げられる――と思いました。しかし私にはどうすることも出来ませんでした。彼女らはなんて残酷な事を考えるのでしうか。なぜ私がこんな目に合わないといけないのでしうか。彼女らは、少し離れて静観していた希美ちんに向かて「ほーら、パス」と言て、私の大切な鞄を思いきり投げました。
 希美ちんは一瞬反応したものの、すぐに手を引込めて、私の大切な鞄を見送りました。そして鞄は海へ向かて、弧を描いて飛んでいきます。そして呆気なく、波しぶきを立てて沈んでいきました。希美ちんが小さく口を開き「あ……」と言うのが、確かに聞こえました。しかし、すぐに沈んで行た方向から顔を背けて、無理やり冷たい表情を作るように、仲間内の女の子たちの元へ向かいました。女の子たちは「取れなかたねー」と言て笑いながら、希美ちんを迎え、そして私のことなど忘れたように、繁華街の方へ歩いて行きました。
 

 次の週の土曜日。私は、希美ちんの家に向かいました。学校を一週間休んで、私の心はもうボロボロの状態でした。彼女に会て、私を嫌た理由を尋ねたいと思いました。しかし普通に会いに行ても、門前払いされることは分かていました。だから私は、夜中に窓から忍び込むことにしました。夏場の窓は、大抵開いているものです。エアコンをしながら眠る人は、この田舎ではあまりいません。海から涼しい風が吹いてきますし、元々あまり暑い気候の土地ではないからです。私は皆が寝静また夜中に、彼女の部屋に、窓から忍び込みました。
 彼女はベドで眠ていました。まるで毒りんごを食べさせられた白雪姫の如く昏々と眠りについていました。しかりとタオルケトを全身にかぶて。微かな寝息を立てて、眠りの底についているようでした。
「ねえ、何で私を嫌うの?」
 彼女は、しかし答えません。
「ねえ、何で答えてくれないの」
 返事なし。
「どうして?」
 沈黙。
 私は海から拾い上げたあの白いバクを床に置きます。それから、中に仕舞てある中華包丁を取り出します。希美ちんはやはり、目を覚ましません。私はもう、希美ちんの眼中に入ていないのだと思いました。希美ちんの人生に加わていないのだと思いました。そして完璧に私から離れて行てしまたのだと思いました。私は悲しみました。希美ちんのいない人生など耐えられないと思いました。希美ちんに無視され続ける人生など耐えられないと思いました。私は、希美ちんとずと一緒に居たかたのです。希美ちんを私のものにしたかたのです。私は眠り続ける希美ちんを、いそ私のものにしてしまおうかと考えました。私を無視し続ける希美ちんなどいらない。何も言わずに、美しい顔で眠り続ける希美ちんを、ずと私の手元に置いておきたい。そう、以前集めていた髪の毛や消しゴムのカスのように。希美ちん自身を、私のコレクシンに加えてしまいたい。私はそう思い立たら、居ても立てもいられませんでした。と言うか、包丁を持てきている時点で、私は彼女を殺してしまうことを既に決定していたのだと思います。私は彼女の首を切りました。彼女は沈黙の中に死んでいきました。ためらいなく首に包丁を差し込み、たくさんの血を流させ、大きな傷跡を作てしまうと、彼女はもう一直線に死へと向かていきました。殺されていることに気が付いて目を覚ましましたが、すでに体は痙攣し、喉に穴が開き、口からはひうひうと言う風切り音に似た音が出るばかりで、そこから意味のある言葉、私が聴き取れる言葉は出てきませんでした。彼女は静かに、私に首を切られました。しかし、彼女は最後、笑ていたように思います。親友である私に切られるならば本望だとばかりに、微笑んでいたように感じたのです。それは私の勝手な思い込みでしうか。そうして彼女は呆気なく、私に首を切られ死にました。
 それから私は、彼女の首を家へと持て帰りました。胸元に彼女の生首を抱え、私は夜の田舎町を疾走しました。誰にも見つからなかたことは幸運でした。一度だけ車とすれ違いましたが、運転手は私の抱えている物を見たでしうか。もし見ていたのなら、出頭せずとも、いずれ逮捕されていたかもしれませんね。
 私は持て帰た生首を、丁寧に洗て、血をふき取りました。床に垂れた血も拭き取ります。もしかしたら、希美ちんの家からここに来るまでの道のりに点々と血が滴り落ち、道標のように私の家に繋がていたかもしれません。朝方に、台風の影響で強い雨が降たことは、もはや幸運としか言いようがありません。雨が血を消してくれたのでしう。
 午前七時ごろに、パトカーのサイレンが私の家前を通過していく音を聞いていました。不思議と、不安な気持ちはありませんでした。警察に捕まるまでの期間が、私と希美ちんの最後の日々、猶予期間であるように思たからです。


 私は希美ちんの首を、自室の押し入れの中に隠しました。座布団を敷いて、その上に彼女を乗せました。誰にも見つからない様に。希美ちんの首は立たせようと思ても安定せず、ごろごろ転がてしまうので、壁に立て掛けてあげました。大きく見開かれる濁た眼に、恐怖の形のまま歪んだ口。青白く変色した皮膚の色。そのようになてしまても、希美ちんは私が喋りかけたことに、返事をしてくれます。だから私は毎日、希美ちんの首に向かて話しかけました。
「私ね、将来デザイナーになりたいな。建築のデザインとかをしたいんだ」
 私がそう言うと、彼女は少し悩むように一呼吸置いた後で、答えてくれます。
「ふーん、そうなんだ。私は特に決まていないな。て、もう死んでるから何にもなれないかな」
 希美ちんは死んでしまて吹切れたのか、以前のように私と話してくれるようになたのです。理由を尋ねると、「だてもうアンタしか話し相手いないし、もうここから出してはくれないんでし?」と答えてくれました。希美ちんを殺した挙句自由まで奪てしまた事を、今更ながらに悪く感じてしまい私は謝たのですが「もう過ぎたことだし、いいよ。私のことがばれたら、アンタ捕まうだろうし。それに、死ぬのも案外悪くないよ」と自分勝手な私を赦すように微笑みかけてくれたのです。
 私はそのように、親が仕事で出かけている間、ずと希美ちんの生首とお話をしていました。最初、彼女は黴臭い押し入れの中に閉じ込められたことに不満を抱いていたようでしたが、それでも「なんだかドラえもんになたみたい」と冗談めかして小さく笑たりもしてくれて、彼女も生首ライフを受け入れてくれているような雰囲気がありました。
「なんかさ、死んでから全てがどうでもよくなた」
 希美ちんは、唐突にそう語りました。彼女が死んでから三日が経た日のことです。
「それはまあ……死んだらどうでもよくなるんじない?」
 私がそう答えると「アンタが殺したんじん」と笑いながら返されました。
「私はね」
 そう呟いた後で彼女は続けます。
「生きている時ね、ずと苦しみに包まれ続けていたの。クラスメイトの中でも常に一番でなければ嫌だたし、そして私の醜い足も、引きずるようにしか歩けないあの嫌たらしい足も、私にとては重りでしかなかた。苦しみでしかなかた。私は生まれた時から、重いハンデプを引きずて歩いてきた。このハンデプの所為で、私はマイナスからのスタートを余儀なくされた。私は全ての人に勝たないといけないと思い込んでいた。ハンデプを負わずに普通に歩ける人たちに勝てることを証明するために私の人生はあたと言ても過言ではないの。でも、死んでしまたらもうそんなこと関係ないもんね。なんだか楽になた気がする。あの醜い足から私を切り離してくれて、むしろ感謝しているくらいなんだ。ありがとう」
 希美ちんはそう言て、照れくさそうに笑いました。足が悪いよりも、首だけになた方がよほどハンデプなのではないかとも思いましたが、私にそんな事を言う資格はもちろんありませんでした。なにしろ私が希美ちんをそのようにしてしまたのですから。本来なら罵倒されても、同じ目にあわされても仕方がないほどに、社会的には、人道的には、酷いことをしてしまたのです。それでも首だけになた希美ちんは私を赦してくれました。しかし希美ちんが許してくれていても、私は自分自身を赦すことはできません。衝動的に、精神が病んだ末に、希美ちんを殺してしまいましたが、そんな理由があたからと言て、私は私を赦せるはずがありません。世間も赦してはくれないと思います。ですから、私は希美ちんと一週間を過ごして、それから警察署へ自首することを、この日に決めたのです。

 それからの四日間、私は希美ちんとの最後の日々を過ごしました。彼女とおしべりをしたり、彼女とキスをしたり、彼女の首を抱えながら一緒に眠たり、彼女をバグに隠しながら一緒にお散歩したり、彼女と一緒にお風呂に入たり。彼女はだんだんと己の腐臭を強めていましたが、しかし私にはそんなこと気にもなりませんでした。彼女の肉が腐ていこうと、彼女の皮膚が縮んでしまおうと、私にはそこに希美ちんと言う存在があればそれでよいのです。たとえどんな姿になろうと、希美ちんはいつでも、あの時のように私とおしべりを続けてくれるのです。私は希美ちんの抜け落ちる髪を集めて、小箱に入れて、それをこそりと舐めたり、口に含んで味を楽しみながら、希美ちんと言う存在を感じていました。希美ちんにばれたら彼女は怒たかもしれないけれど、しかし私は、どうしてもそれをしなければおさまらないような、強い欲望を感じていたのです。
 そう。生きている人間には、どうしても欲望というものが付きまとうのです。私たちには、抑えきれない欲望という化け物が付きまとうのです。あなたにもわかるでしう? 人前では抑えながらも、決して他人には明かさない内に秘めた欲望を、時には陰に隠れて、汚らしく発散する瞬間。それは、どのような聖人然とした人物にもあるように私は思うのです。これは決して言い訳ではなく、欲望という枷から、人は生涯逃れられないのだと思います。私も。そしてあなたも。
 だからこそ、私は希美ちんを、自分のものにしてしまいたいと思たのでしう。彼女の家に忍び込んだあの瞬間にそう思ていなくても、私はいつかきと希美ちんを殺してしまただろうと思います。私は意思の弱い人間です。理性と言うストパーが外れやすい人間なのです。だから、私は希美ちんを半永久的に自分だけの存在とし、閉じ込め、その腐ていく姿でさえも、自分だけのものにしたいと思たのです。だから、私は希美ちんを殺してしまたのだと思います。

 これが私の起こした事件の概要、そして動機です。もしあなたが訊きたいことがあれば、何でも訊いてください。質問してください。
 え?
 意味わかんないですね。
 私が幼馴染だと主張する田尻希美なんて人物はいない?
 捜査をしたが、この町にそんな人物は存在しない?
 私に幼馴染の女の子などいなかた?
 刑事さん、なに言てるんですか。希美ちんはいますよ。私は希美ちんを殺したんです。愛ゆえに殺してしまたのです。物心つく前から私の傍にピタリとついていて、いつも話し相手になてくれていて、いつも一緒に幼稚園や学校に通ていて、一緒に遊んだりして、私といつも一緒にいた女の子。いますよ。います。いますから。絶対に間違いなくいますから。
 希美ちんはいますよ。
 え?
 私が殺したのは、クラスメイトの川村恵美さん?
 私を苛めていた人?
 じあ私の愛した希美ちんは誰だたのでしうか。希美ちんはどこにいるのでしう。私が毎日おしべりしていた人は誰だたんでしう。私が押し入れに仕舞ていた女の子の頭は誰のものだたんでしう。私がキスをした女の子は誰だたのでしう。私が髪の毛を抜いて集めていた女の子は誰だたのでしう。いつも私の傍にいたあの子は誰だたのでしう。希美ちんは一体、どこに行てしまたんでしう。私は誰を殺したのでしう。ねえ、刑事さん、希美ちんは何故、私の傍にいたのでしうのか。何故私は希美ちんなる存在を殺したのでしうか。ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、ねえ、どうしたの?

                   ※

 被疑者との事情聴取を調書にしてから、私は一息つく。彼女は近日中にも起訴されるだろう。そして、精神鑑定をされるかどうか判断されるように思う。彼女は自分の中で作りあげた幻の存在に翻弄され、全く関係のないクラスメイトを殺してしまた。このような、常人にとて不可解な事件は多数あるが、まだ未来のある少女が、現実と妄想の境を定められず狂てしまい、凶行に走ると言うのはやはりやりきれない。それらの事件にいちいち同情しては刑事として精神が持たないが、しかしこのような少女が、世間に晒されて、色々と好き勝手に言われるのは、どうなのだろうと、たまに疑問に思うことがある。もちろん、私にどうにかできる問題ではないし、私の能力をはるかに超えた問題ではあるのだが。
 ひとつ。資料として、被疑者が小学生の頃に書いた文章がある。彼女と仲が良かた友人が一人だけ存在して、その子が車に轢かれて死んだしまたすぐ後に、被疑者が書いた文章。被疑者がシクのあまり自殺未遂をする直前に書かれた文章らしい。それをここに提示しておきたいと思う。

 資料。

ねえ希美ちん、神様がさき十二号線の信号で、首をつていたけど、
ねえ希美ちん、そちらの世界の音は沈黙に包まれていますね
ねえ希美ちん、あなたに姿は見えないけど、私の彼女が死んだよ
ねえ希美ちん、黙る

ねえ希美ちん、あの時のキンデを捨てに行きます
ねえ希美ちん、墓石に持ていく友人の顔を、(おはよう)
ねえ希美ちん、十二分間、生きてよ
ねえ希美ちん、黙れ

音のない。

三秒。


ねえ希美ちん、海では呼吸が続かないなどと誰が言たの
ねえ希美ちん、君たちは何でも現象に名前を付けるのね
ねえ希美ちん、糞ガキを殺したい
ねえ希美ちん、だまら

「                               」

ねえ希美ちん、空から落ちてくる水に雨という名前を付けてから人類は終わたね
ねえ希美ちん、神様は何故、私を無視するのだろうか
ねえ希美ちん、さき家の前で、知らない人が車に轢かれていたよ
ねえ希美ちん、黙り込む

ねえ希美ちん、      、     。
ねえ希美ちん、     。
ねえ希美ちん、        。
ねえ希美ちん、   。


きから頭の中で/(美しい!)          


ねえ希美ち


お前は誰だ。
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