死の警鐘を鳴らす羽帽子
これはとある少女の物語だ。そしてとある羽帽子の物語だ。
少女は母から貰
った羽帽子を、出かける時には必ず被った。
母から少女に渡った羽帽子は、彼女の出かけに必ず被られた。
少女は自分がその日殺されてしまうことを知らなかった。
羽帽子は、その日少女が殺されることを風から伝えられる情報に聞いていた。
少女はいつもの様に、お気に入りの羽帽子をかぶり、草原で風の音を聞いた。
羽帽子はいつもの様に、少女に被られ、風が伝える情報に耳を澄ませていた。
少女は風になびく美しい羽を見続けていた。まるで羽の声を聴きとるように。
羽帽子は風になびく美しい髪を見続けていた。自分の声が彼女に届かないことを知りながら。
羽帽子はこれから少女に起こることを、伝えたかった。
まるで泣き叫ぶように、激しい風に、羽は揺れ続けていた。
少女は西からやってきた、隣国の騎兵隊に嬲り殺された。
馬に踏みつけられ、性的に犯され、そして最期には剣で心臓を貫かれて息絶えた。
騎兵隊は、進行方向の草原にいた少女を殺した。
ただそこにいたと言う理由だけで、殺した。
羽帽子は、彼女が死んでいく様子を、ただ何もできずに見つめていた。
美しい髪が、引き千切られていくのを見つめていた。
風は騎兵隊が乗っている馬の足音を、ずっと前から聞き続けていた。
羽帽子に、これから起こるであろう異変を伝え続けていた。
この草原は、騎兵隊が通る場所だと、警告を出し続けていた。
そして羽帽子はその警告を聞き取り、少女に伝えようとしていた。
しかし少女には風の声も羽帽子の声も、聞きとることはできなかった。
羽が静かに靡いている光景を、見つめているだけだった。
まるで何かの示唆であるように、その光景をただ見つめているだけだった。
羽帽子は、十二番目の少女の死を嘆いた。
肉塊になった少女の傍で、吼えるように泣き叫んだ。
その嘆きは風に乗って、誰にも届けられることはなく静かに消えた。
羽帽子はそうして、次の持ち主を待ち続けている。
その持ち主が死を迎える時まで、一緒に居られるように。
幾度となく人間の死を見続けてきた羽帽子は、草原の真ん中で呼吸をしている。
時々風に吹かれて転がりながら、新たな持ち主を待ち続けている。
今日も風が吹いている。
少女が死んだ時と同じ風が吹いている。
このままどこかに飛ばされて、私もいつかは朽ち果て、そしてこの風もどこかで死ぬのかもしれない。
羽帽子はそんなことを考え、今日も羽を揺らしている。