「ろーそくはね、キャンドルって言うんだよ」
　ぼくとともだちは小学校が終わった夕方に、川原の草がいっぱいのところ奥の奥、人がいないところで遊んでいた。ぼくらふたりの遊びは秘密だから誰もこないような秘密基地が必要なんだ。
　ぼくのともだちが拾ってきたライターでろーそくに火をつけた。誕生日ケーキでつかうようなろーそくと違ってともだちが持ってきたろーそくは白くて少し太いものだった。
　とけたぶぶんがぽたぽたと地面におちる。
　ぼくのともだちはじぶんの指にたれないように傾けてもっていた。
「あったかいね」
　ぼくは手を火にちかづけて言った。
「これからもっとあったかくなるよ。だから服を脱いで」
　ぼくはごくんと唾をのみこんで、あつめのティーシャツをぬいだ。
　ぼくはドキドキしている。
　さむいのになんだかあったかくなってくるような。
「背中を向けて」
　ぼくはともだちの言う通りに背中を向けた。
「たらすよ」
「え？　あつい！」
　返事をまたずにぼくのともだちはぼくの背中にろーそくを垂らした。
「あついよ！　やめてよ！」
　ぼくはなんどか落ちてきた奴をくらって、でも耐えられなくなって転がって逃げた。
「どうしたの？　気持ち良くない？」
　ぼくのともだちは不思議そうなかおをうかべてる。
「熱かったよ！」
「おかしいなあ。おとうさんの本ではろーそくを食らったひとがよろこぶって書いてあったのに。あ、もしかしてそういうふりをしてもっと要求するってやつだね」
　そういってぼくのともだちはまたぼくの肌の上にろーそくをぽたぽたとおとした。
　逃げてもおいかけてくる。
「やめてってば！」
　ぼくが本気で叫んで手をふりまわすと、ともだちはしょうがないなーという顔で火を吹き消した。
「ねえ、なんでそんなにいやがるの？」
「だって熱いし」
「おかしいよ。こうすると気持ち良くなるって書いてあるんだから、それで気持ち良くならないのはなにか変なんじゃないかな。病気かも」
「病気……？」
「ぼく、この前、夢を見たんだ。言わなかったけどね。君が入院してる夢だった。これが予知夢だったのかな。わかる？　予知夢。実際になっちゃうのかもしれない」
　僕は病気という言葉にこわくなってしまった。
「でも、君が気持ち良くないっていうのならやめるよ。これじゃあいじめてるみたいだし、ぼくは君が好きだから、なかよく遊びたいだけなんだ」
「やるよ……」
「いいの？」
「うん……。もしかしてもうすぐ気持ち良くなるような感じだったかも」
「それじゃあ、また火をつけるね」
　じーっとろーそくを見た。ライターで火がつく。ゆらゆらゆれている。なんであんなのが熱いんだろう。そうだ、あんなすぐ消えちゃうのとか溶けておちる水みたいなのが熱いっておかしい。ぼくは普通なんだから、きっと気持ち良くなるはずでしょ。
　ぼくのともだちがゆっくりとろーそくをぼくのおなかの上にもってきた。
　ぽた。
　ひとつぶ落ちる。
　やっぱり熱い。
　逃げ出したい。
　でもこれが気持ちよくなくちゃ病気なんだ。
　ぼくは泣きそうになった。でもそんな顔をみせたらおかしいって言われちゃう。
「背中もね」
　ぼくは我慢しながらひっくりかえった。そうじのじかんにぞうきんがけするような姿勢で地面を見た。
「あっ」
　背中にぽたぽたと熱いものが落ちてるのがわかる。ぎりっとくいしばった。
「きもちいい？」
「うん……」
「そう。よかった。じゃあ病気じゃないよ」
　ぼくのともだちはほんとうに心配してたという声で言った。
「落ちた瞬間は熱くて痛いみたいなんだけどね、そのあとになんか変なじわっとした気持ちよさがあるんだ」
　嘘だった。
　でも、熱いだけなんて言えない。
「そうなんだ。じゃあつぎに行ってみようか」
　ぼくのともだちがふっと息をふいたのが聞こえた。ろーそくの火を消したんだろう。体をもとにもどそうとしたら、ぼくのともだちが言った。
「そのままでいいよ」
「え？」
「つぎはね、バラの花束を使うんだ。束って言っても十本しか買えなかったけど高かったんだよ」
　なんだか花の匂いがするようだった。
「バラをどうするの？」
「こうするんだって」
　ぼくの背中の上に冷たいものが載せられた。それが花束だってわかった。そして、わかった瞬間に痛みが走った。ぼくのともだちがおもいっきり花束を動かしたのだ。トゲでいっぱいのバラの花束を。
　ぼくは声もだせなかった。
「どう気持ちいい？」
　なんとか答えようとしたけど、ダメで、ぼくは涙をこぼしてしまった。体をささえてた腕も力がはいらなくてそのまま地面に倒れてしまった。
「どうしたの気持ち良くないの？　やっぱり君は病気なのかな。それなら救急車呼ばないといけないかもしれない」
　救急車？　そうしたらやっぱり入院することになっちゃうんだろうか。ぼくは普通じゃない病気でお医者さんになにかされちゃうんだ。
「ぼくはケータイ電話持ってるから救急車呼べるよ？　呼んだ方がいい？」
　ぼくのともだちは心配そうな声で聞いた。
「大丈夫だよ。ちょっと気持ちよくて言葉がでなかったの」
「ほんとに？　泣いてるよ。病気ならはやく治さないと」
「嬉し泣きだよ」ぼくは腕に力をいれて体を戻した。「もういっかいやって」

　ぼくとともだちはあの後のも遊んで、暗くなってきたら家に帰った。背中はまだ痛い。家ではお母さんが夕飯をつくっていた。
「お風呂にはいっちゃいなさい」
　ぼくは言われた通りに、服をぬいでお風呂に入ることにした。いつものように桶にお湯をくんで、体にかけた。そうしたらとてもいたくて叫んで倒れてしまった。
　お母さんが「どうしたの」とお風呂にやってくる。そして扉をあけてぼくを見て驚いた顔をしていた。

　ぼくとお母さんは放課後になってから学校にやってきた。今日は学校を休んで病院にいっていた。いま、学校にきたのは、先生とそれからぼくのともだちとともだちのお母さんと話すことになっていたからだ。
　全員が集まるとぼくのおかあさんがともだちのお母さんにすごく怒っていた。
　なにを言っているのかよくわからなかった。ぼくのともだちもなんで怒られているのかわかっていないみたいだった。
　お母さんがぼくがいじめられていたって言っている。先生も心配そうにぼくにそう質問したけど、ぼくはいじめられていないと答えた。
　お母さんがなんで本当のこと言わないのって言うけど、ぼくはほんとうにともだちと遊んでいただけなんだ。
　ぼくは「いじめられてない！」って叫んだ。それから立ち上がって、俯いて泣いていたともだちのところに駆け寄った。ぼくはともだちの手を握る。涙でに濡れてるけど、あたたかかった。
　ぼくとぼくのともだちは、ぼくらしかともだちがいない。クラスで他にともだちがいなかった。サッカーにもいれてもらえないし、ゲームもまぜてもらえない。だからぼくらはいつもふたりで遊んでいた。
　それなのに、お母さんも先生もなんでひどいことを言うんだよ。
　ぼくはともだちの手をひっぱって教室をでた。それからふたりで廊下を走って学校からにげだした。
「秘密基地に行こう。あそこで一緒に暮らそう」
　ぼくの提案に、ぼくのともだちは泣きながら笑ってくれた。
　川原の草の奥の奥。ぼくとともだちだけの秘密の場所にやってきた。
「ここなら見つからないね」ぼくは言った。
「うん」
「ごはんをどうにかしよう。最悪、どこかでとってくればいいよね」
「万引きはいけないよ」
「しょうがないよ。大人が悪いんだ」
　足下には昨日のバラが散らばっていた。ぐちゃぐちゃだったけどまだ匂いがする。
「いい匂いだね」
「うん」
　ぼくとともだちはよりそって小さくなって話していた。

　ぼくは名前を呼ばれた気がした。女の人の声。目をひらくと目の前に先生がいた。眠ってしまっていたらしい。ここはぼくとともだちの秘密基地だ。なんで先生にばれたんだ。
　ともだちは？
　ぼくが周りを見回すとぼくのともだちがともだちのお母さんに怒られていた。お母さんはケータイ電話を持っている。あれでここがわかってしまったのかもしれない。さらによくまわりを見るとおまわりさんもいた。
「もうすぐ君のお母さんもくるからね」先生が言った。
　でも、そんなことはどうでもよかった。
　ぼくは怒られているともだちのところに行く。
「怒らないでください」
　ぼくはともだちのお母さんに言う。ともだちのお母さんは困ったような顔をしていた。
「ぼくはいじめられてなんかいません。遊んでいただけなんです」
　先生がぼくとぼくのともだちに説明する。ぼくらのしていたことは悪いことでやってはいけないことなんだと。「火遊びだからですか？　それならぼくも悪いです」
　ともだちばかりが怒られるのはおかしい。
「それもそうなんだけど。ほんとうにいじめられてたわけではないの？」先生がたずねる。
「はい……」
「ほんとうのことを言ってもいいんだよ」
「ほんとうのこと……？」
「うん……」
　ぼくはひとつだけ隠してることがあった。だってそれを言ったらぼくは病気になってしまうからだ。だから、今日、病院に言ったときも「痛くないです」とお医者さんに言った。それでも、先生に本当のことを言いなさいと言われたからもう疲れて言ってしまった。
「痛かったです……」
「やっぱりいじめられてたの？」
　ぼくは首を横に振る。そこにぼくのお母さんもやってきた。
「違うんです。ほんとうは気持ちいいほうが普通なのに、痛いのが病気だからってぼく隠してたんです」
　先生がなにもわかってないような顔をする。ぼくは秘密基地に隠してあったともだちのお父さんの本を見せて説明した。
「普通の人はこういうことをされたらよろこぶんですよね？　だからぼくは病気なんです。それなのに我慢して隠してたから……」
　先生がそれは違うんだよ、と説明してくれるけど、よくわからない。
　ぼくは泣き出した。
　ぼくのともだちも大きな声で泣いていた。
　ぼくはともだちに抱きついた。
「いじめないでください！」
　ともだちをこれ以上、いじめないでほしいと言った。もうなにも隠さないようにしようと思った。嫌なことは嫌って言おうって。
「ぼくらは遊んでただけです！　それだけなんです！」
　ふるえてるともだちは暖かかった。とてもやわらかかった。いいにおいがした。
　真っ赤な空に沈んでいく夕日はアイスクリームみたいに白かった。

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