海賊王・碧と下っ端妖精とハードボイルドワンダーランド
(ボクちんは主催者なので、この作品は投票対象外で、よろー
)
海岸から奥に進むと、やがて背の高い樹木が生い茂っていた。
葉の隙間から見えていた火山島の威容も、次第に密集した木々に隠されるようになっていた。
この島の特徴なのか、どの樹木も葉が肉厚だ。碧はぬかるみに足を取られながらも、一歩一歩足を進めた。風が吹いても、葉がなびくことはない。地面に落ちた葉を拾ってみると、ひどく固い。まるで古代魚のウロコのようだった。間違いない、と供をするピーが言う。碧は真紅のローブを翻し、ピーに葉を手渡した。
「それ、食ってみれ」
ジョリー・ロジャーの刺繍が輝く背中をピーに向け、碧はさらに先へ進んだ。間違いないと大見得を切ったわりに、ピーの顔は訝しげだ。なんでこんな島にまで付き合わなければならないのだろう、と思う。これなら、新人の研修に付き合っていた方がまだましだ。
「おい、碧。お前が食え。これ、苦いかもしれないじゃん」
海賊王の称号があるにも関わらず、ピーの態度は尊大だ。昨夜も港の漁師の話を聞いた途端、自分が船長であるかのようにふるまいはじめた。トーキョーで出会った時に、運河に沈めておくべきだったと今更ながら後悔した。このままでは、いずれ菓子メーカーを買収しろなどと言い出しかねない。
「いいから食えや、ボケ。それが君の探しているものやろ。どうせ君が毒に当たったところで死ぬこともあらへん。船の中で仕事せえへんなら、毒見くらいしたってや」
漁師の話では、この島にはふたつのジャングルがあるという。アメの森と、ドクの森だ。葉が毒か飴であるのかは2分の1の確率。飴の味なのか、毒なのかは口に入れてみなければ分からない。
「けっ。海賊王の分際でびびりやがって。噂だとお前、インペルダウンにカチコミかけた時、毒でひどい目にあったらしいな。アメの森を占領したら、ドクの森に埋めたろか。勘弁してほしかったら、これ食えや。俺だって毒に当たれば、ポンポン痛くなるわ」
碧はふっと笑うと、ピーの頭を鷲づかみにした。笑ってはいるが、頬がひきつっている。女はタフでなければ生きていけない。発情期の熊のように、碧は全身の毛を逆立てた。
「おう、こら、そこの下っ端妖怪。今なにぬかした? あ? 人様の傷に触れよったな、この腐れ外道が。道頓堀のたこ焼き屋のおっちゃん並みに温厚なわしでも、それだけは聞き捨てならんよ。お前の頭でパチパチパッチンやったろか? ちょうどそこに灰皿代わりになるもんが転がっとるわ」
獲物を追い詰めた虎のように重く低い声を絞り出すと、碧は太い木の根元に視線を送った。宇宙の闇に包まれたかの如く森の中は静まり返っている。木の根元には、金属製の円盤が突き刺さっていた。かつてここは古戦場だったのだろう。外郭に鋸状の歯が刻まれたその武具は、おそらくこの島では貴重な形而下学的な存在だ。碧は黒魔術を唱えるようにして、血のりで錆びてるけど灰皿によう似ているわ、とすごんでみせた。
「じゃかましいわ。さっさと頭を離せや、ヘタレ海賊。お前、妖精界を敵に回してただですむと思うなよ。あのポンコツ船、海に沈めんぞ。セイレーンに根回ししたら、そんなの訳もないんじゃ、ドタワケが」
「おうおう、チビが一丁前にわめいてるわ。もう少し行儀よくせんと、誰も敬ってくれへんで。わし、お前ほど往生際が悪いヤツ、見たことないわ。リッチモンド陥落寸前のリー大佐もびっくりや」
「リー大佐? なんじゃそりゃ。知るかそんなもん」
碧はあいている方の手で、ピーの口をこじ開けた。そして素早く葉を放り込む。ストーンズリバーの戦いに敗れた時、南軍の司令官は何を思ったのだろうと考える。あるいは歴史が味方していれば、映画になったのはリンカーンではなく、彼の方だったのかもしれない。そう思うと少し悲しくなったが、数多の戦いを経て碧は涙をこぼすこともなくなっていた。
わしは海賊王や。
森に棲む一角獣のように、碧は静かな目で怯えたピーの顔をのぞきこんだ。
※この話はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係がありまへん。
※この文体のポイントは、高度に練られた直喩と暗喩であーる。