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物の怪
(
ゆきな(根木珠)
)
投稿時刻 : 2016.09.12 01:50
最終更新 : 2016.09.12 02:28
字数 : 1453
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2016/09/12 02:13:38
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2016/09/12 01:50:35
笑う狐
ゆきな(根木珠)
祖母の墓参りに来た。
僕は手をぎ
ゅ
っ
と握
っ
た。
墓の前に立つ。
瞬間、一陣の風が吹く。
ふと、昔の記憶が蘇
っ
た。
その日は満月。明るい夜だ
っ
た。
夏祭りの帰り道。歩いていると三叉路があ
っ
た。
いつもは通らない道を、その日はなぜだか通りたくな
っ
た。き
っ
と祭りの余韻が残
っ
ていたのだろう。
右斜め前方に目をやる。ふむ。左斜め前方へと向かう。足取りは軽い。下駄がカラ、コロ、と軽快な音を立てた。祭りで手に入れたものを、大事に両手で抱える。祖母への土産にと買
っ
た、お守りだ
っ
た。
僕は歩く。道は月の明かりに照らされていた。ほんのり何かが見えてきた。近づく。ぼんやり形がわかる。さらに近づく。何かが、ふ、と動いた。
狐だ。
僕は、そ
っ
も右足をあげ、ゆ
っ
くり地面におろす。左足も同じようにする。わずか進む。狐に近づく。こわくないぞ。逃げるなよ。ぶつぶつ呟きながら狐に近づく。
パキ、と小枝の折れる音がして、僕は驚く。尻もちをつく。狐を見る。まだいる。息をつく。ゆ
っ
くり立ち上がる。するり、するりと歩く。
どんどん狐に近づいてゆく。近づくにつれ、狐は徐々に大きくな
っ
ていく
……
。
いや、違う。遠近感ではない。これは本当に狐が大きくな
っ
ているのだ。そう気づいたとき、すう、と背筋が寒くな
っ
た。
これは妖狐ではないか。
そう思
っ
たのだ。
祖母はよく、昔話を聞かせてくれた。
僕がまだ幼いころ。毎日寝る前に、僕は祖母に、おはなしをしてくれ、とせがんだ。祖母は穏やかに微笑んで、いつも話を聞かせてくれた。転んで泣いて帰
っ
てきた日も。いじめられた日も。あの娘が疎開先へ行く日も。毎日、毎日、語り聞かせてくれたのだ
っ
た。
まさか。
いるわけない。
物の怪の類いを、僕は信じていなか
っ
た。
無意識に、手に持
っ
ていたものをぎ
ゅ
っ
と掴んでいた。身じろぎもできなか
っ
た。いやな汗が吹き出てくる。なんまんだぶ、なんまんだぶ、という声が聞こえた。なんだ縁起が悪いな、と思
っ
たらそれは自分の声だ
っ
た。パンと顔を叩く。前を見る。歩き出す。
ヒ
ュ
ッ
、と風が吹いた。
ふわり、と何かが舞
っ
た。
狐がいなくな
っ
ていた。
あたりを見渡す。どこにも何もいない。目の前には、月明かりに照らされた道が、どこまでものびている。
今のは何だ。わからない。腰が抜けた。
狐に化かされた。
僕は自分の手を見る。
葉
っ
ぱが数枚あるだけだ
っ
た。
お守りが葉
っ
ぱに変わ
っ
た?
そうではない。
そ
っ
と狐に近づこうと、ゆ
っ
くり歩いていたときだ。自分の踏んだ小枝の音に驚いて、尻もちをついた。立ち上がろうと何かを掴んだ。それを後生大事に今の今まで持
っ
ていた。持
っ
ていたのはお守りなんかではなく、葉
っ
ぱだ
っ
たのだ。
はは、と僕は笑
っ
た。なんて間抜けな。祖母に話そう。帰り道を急ぐ。
背後から、コー
ン、と狐の鳴き声がした。
家に着き、今あ
っ
た出来事を祖母に話した。それは狐が笑
っ
たのだ、と祖母は言う。や
っ
ぱりあんたは、狐に化かされていたんだよ。祖母は微笑む。
そんなわけないよ。僕は笑う。
戦地から帰
っ
てきたら、家はなくな
っ
ていた。
自分の家どころか、あたり一面、何もなか
っ
た。
それから何年かしてや
っ
と、祖母の墓参りに来れた。祖母は、僕に赤紙が来る前に亡くな
っ
ていた。
今でも僕は、物の怪の類いを信じていない。
祖母も狐が化けているのだとしたら。そう思うと、こわくてたまらないからだ。
僕は祖母のことが、とても好きだ
っ
たから。
あの日、祖母にあげたお守りは今、ふたたび僕の手に握られている。
(了)
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