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物の怪
投稿時刻 : 2016.09.12 01:50 最終更新 : 2016.09.12 02:28
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物の怪
ゆきな(根木珠)


 祖母の墓参りに来た。
 僕は手をぎと握た。
 墓の前に立つ。
 瞬間、一陣の風が吹く。
 ふと、昔の記憶が蘇た。

 その日は満月。明るい夜だた。
 夏祭りの帰り道。歩いていると三叉路があた。
 いつもは通らない道を、その日はなぜだか通りたくなた。きと祭りの余韻が残ていたのだろう。
 右斜め前方に目をやる。ふむ。左斜め前方へと向かう。よし。足取りは軽い。下駄がカラ、コロ、と軽快な音を立てた。祭りで手に入れたものを、大事に両手で抱える。祖母への土産にと買た、お守りだた。
 僕は歩く。道は月の明かりに照らされていた。何かが見える。近づく。ぼんやり形がわかる。さらに近づく。何かが、ふ、と動いた。
 狐だ。
 僕は、そと右足をあげ、ゆくり地面におろす。左足も同じようにする。わずか進む。狐に近づく。こわくないぞ。逃げるなよ。ぶつぶつ呟きながら狐に近づく。
 パキ、と小枝の折れる音がしはて、僕は驚く。尻もちをつく。狐を見る。まだいる。息をつく。ゆくり立ち上がる。するり、するりと歩く。
 どんどん狐に近づいてゆく。近づくにつれ、狐は徐々に大きくなていく……
 いや、違う。遠近感ではない。これは本当に狐が大きくなているのだ。そう気づいたとき、すう、と背筋が寒くなた。
 これは妖狐ではないか。
 そう思たのだ。
 祖母はよく、昔話を聞かせてくれた。
 僕がまだ幼いころ。毎日寝る前に、僕は祖母に、おはなしをしてくれ、とせがんだ。祖母は穏やかに微笑んで、いつも話を聞かせてくれた。転んで泣いて帰てきた日も。いじめられた日も。あの娘が疎開先へ行く日も。毎日、毎日、語り聞かせてくれたのだた。
 まさか。
 いるわけない。
 物の怪の類いを、僕は信じていなかた。
 無意識に、手に持ていたものをぎと掴んでいた。身じろぎもできなかた。いやな汗が吹き出てくる。なんまんだぶ、なんまんだぶ、という声が聞こえた。なんだ縁起が悪いな、と思たらそれは自分の声だた。パンと顔を叩く。前を見る。歩き出す。
 ヒ、と風が吹いた。
 ふわり、と何かが舞た。
 狐がいなくなていた。
 あたりを見渡す。どこにも何もいない。目の前には、月明かりに照らされた道が、どこまでものびている。
 今のは何だ。わからない。腰が抜けた。
 狐に化かされた。
 僕は自分の手を見る。
 葉ぱが数枚あるだけだた。
 お守りが葉ぱに変わた?
 そうではない。
 そと狐に近づこうと、ゆくり歩いていたときだ。自分の踏んだ小枝の音に驚いて、尻もちをついた。立ち上がろうと何かを掴んだ。それを後生大事に今の今まで持ていた。持ていたのはお守りなんかではなく、葉ぱだたのだ。
 はは、と僕は笑た。なんて間抜けな。祖母に話そう。帰り道を急ぐ。
 背後から、コーン、と狐の鳴き声がした。
 家に着き、今あた出来事を祖母に話した。それは狐が笑たのだ、と祖母は言う。やぱりあんたは、狐に化かされていたんだよ。祖母は微笑む。
 そんなわけないよ。僕は笑う。

 戦地から帰てきたら、家はなくなていた。
 自分の家どころか、あたり一面、何もなかた。
 それから何年かしてやと、祖母の墓参りに来れた。祖母は、僕に赤紙が来る前に亡くなていた。
 今でも僕は、物の怪の類いを信じていない。
 祖母も狐が化けているのだとしたら。そう思うと、こわくてたまらないからだ。
 僕は祖母のことが、とても好きだたから。
 あの日、祖母にあげたお守りは今、ふたたび僕の手に握られている。

(了)

 
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