白井権八という刑
「お前の刑は『白井権八』である」
重々しく、宣言されたが、しらいごんぱち? なんのこ
っちゃである。
タイムトラベラーが受ける刑罰は、歴史を補修する刑である。
カジュアルにタイムトラベルをする現在、歴史の改変は重罪だが、信長の兜に、「お前は、本能寺の変で死ぬ」などと落書きする輩があとをたたない。歴史犯罪には、歴史の穴埋めをする刑が課せられる。重罪の場合、自分の時間をつかって歴史上の人物を演じ切ることになる。
俺は、軍用プラスチック爆薬で、村一つを壊滅させた。「俺の村が焼けた」と、SNSに投稿したところで逮捕された。聞けば、何人もの歴史犯罪者を村人として、送り込んでいるらしい。俺の予想では、そこで一番長寿かつ、ひどい人生を送った者の穴埋めをするのかと思っていた。村一つ焼いて、一人の人生を演じる。得した気分。と思っていたけれど、なんか予想とは斜め上の展開のようだ。
俺の頭のなかに、白井権八のデータが送り込まれてくる。
「待て」
最初から、俺はつまずいた。
「平井権八だと」
「本名は、平井権八だ。白井権八は、『御存鈴ヶ森』の登場人物だ」
執行官は、大まじめだが、冗談にしか聞こえない。わからないまま、データを追い続ける。
ちょっと待て、矛盾だらけだ。
「1655年生まれで、1655年に幡随院長兵衛と出会って、義兄弟の盃をかわすってムリムリ。0歳だよ」
「その時は、18歳の水も滴る美少年なんだ」
この執行員、頭おかしいんじゃねーか?
「そもそも白井権八って、歌舞伎とか映画の登場人物だよね。幡随院長兵衛と出会ったら面白いってことで適当に作られた話だよね。史実じゃねーよ」
「なにが史実であるかは、たいした問題ではない。最近の通説では、白井権八はドラキュラで、18歳の姿で忽然として歴史上にあらわれ、25年間美しい姿のままで、130人もの人を殺し、金品を奪い、幡随院長兵衛と愛し合い、鈴ヶ森の刑場で死ぬんだ」
「そんな無茶な」
「現状では、それが史実とされている。18歳の美しい姿を保つために、2年ごとに呼び寄せて調整する。内臓に負担がかかるだろうが、25年くらいはもつだろう」
「なにが歴史上の人物かわっかんねーよ。歴史じゃねーよ」
「歴史など、もはや修復もしようもないほど、ぐちゃぐちゃなのだよ。そろそろ、頭がぼーっとし始めたか? 大丈夫。頭の中に落とし込んだ、データの通りにやればいい。そろそろ刑の執行が始まる。白井権八という刑の」