終点
「お客さん、終点ですよ」
車内に響く運転手のアナウンスで起こされた私は訳が分かりませんでした。
頭痛と吐き気とぐるぐる回る世界に翻弄されながら目を開けた私は、バスの最後尾座席に座
っていたのです。
会社の飲み会でビールをジョッキで十杯ほど飲み、気分良く二次会に向かうために地下鉄に乗り込んだまでは良かったのですが、地下鉄の揺れとアルコールによる酩酊の相乗効果で、二駅ほど乗ったところで吐き気を催し、ドアが開くとともに降りて、改札を抜けてすぐの所にあるトイレに駆け込みました。
そこで飲み会で飲み食いした、参加費4500円分の全てを吐き出した所までは覚えているのですが、バスに乗った記憶は全く在りませんでした。
バスの中に他の乗客はすでにいません。
私は千鳥足でバスの前方まで行き、料金を払うために財布を取り出しました。
「すみません。料金はいくらでしょうか?」
ここがどこかもわからない私は、当然のように運賃も解らないので運転手に聞きました。
運転手は舌打ちしながら運賃を教えてくれました。
なんとか所持している小銭で払える金額でした。
こんな状況で万札しかなく、両替から始まるとなったら、運転手にはどんな顔をされたものかわかったものでは在りません。
運賃を払って私はバスを降りました。
後ろでバスの扉が閉まると同時に、バスは走り出しました。
私は暗闇の中に一人残されたのでした。
見渡せど、見渡せど、辺りは漆黒の暗闇です。
こんな所に終点を作ったところで、誰かが乗り降りする算段はあったのかと不思議に思います。
スマホを取り出しましたが、すでに充電は切れており、Google マップどころか、今が何時であるかもわかりません。
どうやらここは山の中らしく、茂った木々の葉が擦れ合う音だけが聞こえます。
これは最早、遭難と言っていいのではないだろうかと思えてきました。
一歩足を前に出そうにも、私はついさっきまでバスの中で泥ように眠っていた酔っ払いです。
足元は心許なく、激しい頭痛と吐き気が波のように襲ってきています。
「これはもう死んだか?」
ついそんな言葉が寂しさのあまりに口から溢れるのでした。
もちろん吐瀉物も溢れます。
しかし、幸いなことに季節は初夏であるので、このままここから移動せず、明るくなるまで、酔いが醒めるまで過ごすののが一番の解決策であるように思えてきました。
初夏とは言え、北国である私の住む町は、夜になれば気温が下がるので、日中は三十度近くなったとしても長袖を持ち歩くのは嗜みです。
だから私の着込んだ長袖のフリースは、早朝の冷え込みにも耐えてくれるはずです。
私は覚悟を決めてアスファルトの上に寝転びました。
〇〇ニュース
◯月◯日 早朝、バスの始発の運転手が山中の路上で倒れていた〇〇▲▲さんを発見。
通報を受け、駆けつけた救急隊によって死亡が確認される。
死因は凍死だった。
体内からはアルコールも検出されており、酔った〇〇さんが路上で寝込み、そのまま凍死したと予測。
事件性は無いと発表される。
きょうくん
北国の山の中は夏でも凍死できる。