第17回 てきすとぽい杯〈GW特別編〉
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百鬼夜行の客商売
みお
投稿時刻 : 2014.05.03 23:40 最終更新 : 2014.05.06 23:38
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【四夜】

 見ず知らずの男に声をかけるなど、はしたない。そんな真似をするな。彼女は父や母からそう聞かされて育てきた。
 特に人に化けているときに男に声をかければ、どんな目に遭わされるか分かたものじありませんよ……と。
「あ……あの」
 幾度も迷い彷徨て、それでも勇気が出ずに何度も川で顔を洗た。なんとか勇気を振り絞り、道を行くその男に声を掛けることができたのは、もうすかり夜も更けた頃である。
「あの……
「おや、なんでしう?」
 男は洒落た着物を身につけて、行灯を持てゆらゆらと歩く。長身だが威圧感のない男である。振り返た顔は、驚くほどに美しく彼女は思わず赤面する。
 白い膚に切れ長だが優しげな瞳。唇は赤く、まるで絵に描いたような美しさ。できるだけ顔を見ないように俯いて、彼女は必死に声を上げる。
「そちらに、あの……そちらのお店に、男の子いますか、あ…………私の名前は」
 人は名を持つものだ。彼女はそんな当たり前のことに今更気付く。慌てて周囲を見渡せば、目に入たのは「吉原」の文字。
「よ……吉と申します。そちらの男の子に、以前助けていただいて。それで、怪我のお薬を。水草なのですが、これを傷口に当てると、とてもよく効くの」
 男は優しげな顔立ちで吉を見つめる。しどろもどろになりながら、彼女は必死に水草を持つ手を差し出した。
「足に怪我を……していたから」
「ええ、ええ。うちの幽霊屋敷には、確かに男の子が一人。いつからこんな可愛いお友達が出来たのでしうねえ。隅におけない」
 男は目を細めて、その草を受け取た。
「でもね、女の子がこんなところを歩くもんじありません。変な人間に捕まてしまいますよ……特にあなたのような、まだ若い子はね。ほら、腕にヒレが見えていますよ、ドジウのお嬢さん」
 最後は囁くような声だが、吉の身を震わせるには十分である。恐怖に突き上げられるように、彼女は逃げ出した。
 男はにこやかに逃げる吉を見つめている。彼を取りまく闇は、一段と深いように思われた。

 ドジウの化身である吉が、どうしてもかの少年に会いたい。と決意したのは三日前のことである。
 吉には恨みを持つ男があた。それは吉の家族を殺した男である。
 ドジウの仇討ちなど聞いた事もない。しかし、家族を殺された恨みに人もドジウもないだろう。殺してくれようと挑んだ彼女の代わりに、見知らぬ少年が仇を討てくれた。
 どのように罪を降したのかは分からないが、ただ彼が仇人を食い殺したことだけは確かである。
 その時はあまりの恐怖に逃げ出したが、礼も言ていないことに気がついた。
 かの少年はどこの子かも分からない。ただ出会たのは吉原の近くである。息を潜め水にも潜り、出会いを待た。
 それから、二度ほど見かけた。綺麗な女や、男と共に呑気に歩く姿を見た。
 彼らは親子には見えない。しかし、家族のようであた。
 礼を言うために幾度も声をかけようとしたが、そのたびに挫けた。今日になて、ようやく家族らしき男に声を掛けることができたが、それでも吉にとては必死のことである。
(またや……
 噂によると彼らは吉原の中で幽霊屋敷を開いているらしい。一度そこへ向かい、今度こそ礼をきちんと言わなくては、と吉は思う。
(今度。じだめ。今じなき
 だから彼女は勇気を振り絞て、吉原の中を覗くことにした。

 少女の姿では入ることもかなわない、それが吉原だ。彼女は思案の上、ドジウの姿に戻る。
 ぬるりとした身体は黒く、水に潜ればまず人には見つからない。吉原に注ぐ川の流れに乗り、辿りついたは華の町。
 白粉の香りと赤い光に目を回しながら、川をいけば、下手な文字で「幽霊屋敷」書かれた小屋を見つけた。
 人の身に化け直し、そうと覗こうとすると木陰に人を見た。
……!)
 それは見知らぬ男である。少年でもなければ、先の男でもない。人相も悪い彼らは、小屋をそうとのぞき込みながら、何やら囁きあている。
 それがあまりにも異様な空気なので、吉は息を潜めて近づいた。
「どうする」
 男達は語る。それは短い言葉だが吉にも理解できる。男達は、小屋に火を付けようとしてる。
(た……助けなき
 足音もなく潜み近づくのはお手の物だ。背まで近づいても、男達は気付かない。ぐと息を飲む。震える手を伸ばすと、それはドジウのヒレとなる。水に濡れたそれを、男達の背に、打ち付けようと。した。
「お嬢さんが手を汚すことは、ありません」
 影が揺れた。それはまるで小屋の壁からするりと抜けたようであた。例えるのならば黒い霧だ。黒い影だ。それはぬるりと現れ、男達の上を包む。
 思わずへたり込む吉の前で、男達は声もなく、消えた。
 残たものは、小さな血だまり。そして、口を拭うかの優美な男だけであた。
「あらま、腰が抜けてしまいましたか」
 彼は優しげにそういて、手を差し出した。驚くほどに白い手である。
……あ、あなたは、いたい何者なのです」
「私は長く生きて忘れてしまた」
「この、幽霊屋敷は……
 男は優しく吉を抱き上げた。近くで見れば、心が蕩けそうに美しい顔をしている。
「あの子達は皆、可哀想な子なのですよ」
 いきましう。と彼は言た。そして吉を抱き上げたままの格好で、吉原の出口へと向かう。
 賑やかな嬌声と明るい光の町だ。しかし、そのせいか、そこにある影や闇はいそう深い。
「長く生きる間に私は色々なものを見てきました。例えば、あなたのように、人に化けるものや幽霊も。知ていますか人もドジウも、恨みを残して逝くと、たちの悪い物になる」
 吉は思い出した。あの少年が仇を討てくれた時、確かに影に角を見た。高い笑い声も聞こえた。人を殺すことを楽しむ声であた。
 しかし吉に対する彼は、どうしたて純真であた。
 誰にも救われず闇に飲まれれば、あの子は恐らく鬼となた。
「あなたが、あの男の子を救たの?」
「救うなんてそんな大げさなこと」
 彼は笑た。彼もまた大いなる闇を背負ている。しかし、ぎりぎりのところで足を留めている。そんな気がした。
「側に留めることができればと、そう思ただけです。長く生きる間に、哀れと言う言葉を知たのです。誰も、自ら狂た世界に進みたくはないでしう。ただ、恨みがそうさせるのならば哀れです」
 吉を地面に下ろしながら彼は語た。吉は自分の手を眺めて、思い出した。かつて仇を討とうと誓た時、吉もまた狂ていた。この手に刀を持て、相手を殺すことばかり考えていた。
「誰だて、一人で生きるのは寂しいでしう」
 男は微笑んだ。吉の胸がぐと、いたむ。寂しい。その言葉が吉の胸に刺さた。
 化け物である以上、寂しいなどという感情を抱いては駄目だとそう思ていた。
 しかし、寂しいとそう言てもいいのだ。待つ人の無い川へ戻り、一人で泳いだとき、頭上に見える月を眺めて湧き上がる感情を、寂しいという言葉で語て良いのである。
「私……てます。そういうもの。私の住んでいた川のフチに小さなお堂があるの」
 男の手は冷たいが、不思議と恐くない。近づきがたいが、恐くは無い。それを、吉は知ている。
「観音様というのです」
「ア、うれしい事を」
 男は呵々と笑い、吉の頭を撫でる。
「でも、そろそろさようならですねえ」
「え」
「長くここに居すぎました。幽霊屋敷は閉店ですね。そろそろ、周囲に目を付けられはじめた」
 男は言う。先ほど小屋に火を付けようと企んだ男達は、けして珍しい客ではないと。吉原の一角で商売を営む以上、色々と金がかかる。それも大金だ。
「もちろん決められた額は納めていますけどね。私達のような異端を見ると、ああして強請がでるのです。もちろん今のように……
 彼の目がすと細くなる。それは蛇のようにも見えた。
「食べることもしますけど、やり過ぎるとやはり目立つ。それに、私一人じ食べきれない。小屋の子たちには、こんな汚い物を食べさせたくありませんし」
 だからもう、ここに長居はできないと彼は言う。
「鬼子……あなたが男の子と呼ぶ子のことですが、彼への御礼は私からしておきましう。すぐに別れるのに、あわせるのは酷ですから」
「どこへ……どこへいくのです」
「さて。いずこなりとも」
 さようなら。男はいて吉原の出口から吉の背を押す。二三歩たたらを踏んで、吉は耐えた。去ろうとする男の手を掴む。男は驚いたように目を見開いた。
「待て。なら私が……あなたをお助けします」
 
 吉が男を連れていたのは、川の上流だ。その水底には美しい石がいくつも散ている。ここは昔から人々の信仰の地である。
 美しい石は、人々が投げ込んだものである。美しい川に潜り、一つ掴んだ吉はそれにフウ。と息を吹きかける。
 ……と、そこに現れたのは小判である。
「なんと」
 男が目を丸める。吉の差し出した小判をあちこちから眺めて、そしてため息を付いた。
「驚いた」
「私には人に化ける他にこの技を持ています。と言てもこれまで何の役にも立ちませんでしたが」
 これが何枚あれば良いのか吉には分からない。ただ百枚必要というのなら百回でも息を吹きかけよう。と思う。
 息が絶えるまで吹きかけてもいい。それが彼らを救う事となるのであれば。
「これがあれば、助かります。貴方になんと御礼を言いましう」
「御礼なんて。ただ」
 真面目に頭を下げる男の手を握り、吉は震える声で呟いた。
「私をあなたの仲間に、入れてください」

「まあまあ、皆さんもうお眠りですか」
 座長がのんびりとした声で幽霊小屋に戻てきたのは、明け方のことである。
 すかり眠り込んでいた鬼子は轆轤に蹴り飛ばされて目を覚ます。
「お、あに。なんだいこんな明け方に。しかも昨日仕事さぼりやがたな。急に姿を消しやが……ん?」 
 眠い目を擦り擦り起き上がれば、闇の中に爽やかな座長の顔が見える。その隣に小さな影も見える。
 目を細めれば、そこに立ているのはかの、ドジウの娘ではないか。
「お、おいお前。なんだ、おい」
「座長、ちと説明してもらうよ。どうしたの、女なんか連れて。何、座長はそんな子がお好きなのかい」
「馬鹿、轆轤姐、ちげえよ、この子は」
 川辺で見つけた、気の弱いドジウの娘は鬼子を見てにこりと笑た。愛らしい笑みに、鬼子はぽかんと口を開けることとなる。
「おい、あに。説明しろよ……まさか、この子に手を出して」
……吉と申します」
 彼女は頭を下げた。先日見かけた時の、気弱な顔ではない。しかりとした意思を持つ顔だ。
 ……先日までの彼女は孤独に押しつぶされそうな顔をしていた。しかし今は、確かに笑ている。
「皆さん。ご紹介しましう。新しい家族が増えました」
 座長がご機嫌に微笑んでいる。その背が吉の背を押して、彼女は頬を赤く染める。
 座長はまるで、我が娘でも見るような目。わざわざ腰を落としてその耳に、何やら優しく囁きかけた。
……鬼子、初恋は実らないてね」
「姐さんこそ、年増の嫉妬は醜いぜ」
 三つ指を揃えて座る幼い彼女は首を傾げて二人を見る。そして続いて天井を見上げた。
「あら、そこにもいらるのね。どうぞ……よろしくお願いします」
 天井に住み着く武士は、照れたのか情けなくもじたばた蠢き、聞こえるか聞こえないかの声で。
「うむ」
 とだけ言た。歴戦の怨霊と噂に聞いたが情けの無いことだ。と鬼子は思て爪を噛む。
「なんでい。どんなやつでも新しいのが増えれば、幽霊屋敷も賑わうぜ。なあ。百鬼夜行にまだ足りねえが」
「あと95人ほどでしう? あという間ですよ」
 座長はのほほんと、そんなことを言う。
「いつかは百鬼夜行の列を成し、この吉原を驚かせてあげましう」
 幽霊屋敷を飛び出して、吉原の空を大地を水の中を、化け物が進む。大声で歌いながら踊りながら化け物の本性を剥き出しにして。
 人は驚くだろう逃げ惑うだろう。しかしそれが彼らなりのお披露目だ。どこの太夫よりも、きと見事に歩いてみせようと、五人は顔をつきあわせ意地悪く笑た。
 外には、ゆるゆると朝がくる。
 闇を背負た吉原に、ようやく朝日が昇りはじめたのである。
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