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てきすと怪 2015
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保管庫の住人
 投稿時刻 : 2015.09.18 06:49 最終更新 : 2015.09.23 01:45
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- 2015.09.23 01:45:17
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保管庫の住人
三和すい


 あれは、入社して一月くらい過ぎた頃だた。

「竹中さん、ちと手伝てくれる?」
 大先輩の桜田さんに頼まれて、一緒に地下の倉庫に書類を運ぶことになた。
 会社の地下に行くのは二度目、入社初日に社内を一通り案内された時以来だ。
「事務室に置く書類は、基本的に今年度と昨年度の分だけ。それ以前の書類はあまり使わないから、地下の保管庫にしまうんだ」
 スーツの上着を脱いだ桜田さんは、書類を詰めた段ボールをいくつも台車に乗せながら、そう教えてくれた。
 エレベーターで地下に着くと、狭くて薄暗い廊下をますぐ進む。その突き当たりにあるのが書類の保管庫だ。桜田さんは課長から借りた鍵を鍵穴に差し込む。
「個人情報が載ている書類も多いからね。鍵はちんとかけること。それから電気のスイチはここ」
 入口の横にあるスイチを入れると、桜田さんは保管庫の扉を開けた。

「失礼します」

(…………あれ?)
 先に保管庫に入た桜田さんの背中を見つめながら、私は首を傾げた。
 今、挨拶した?
 保管庫に誰かいる?
 でも、部屋に入る前に電気つけたし、鍵がかかていたよね……
 入口で立ちつくす私に、桜田さんはにこりと笑た。
「挨拶は大事だよ。社会人の基本だからね。きちんと挨拶をすると相手の印象が良くなるし、仕事もしやすくなる」
「いえ、あの、そういうことじなくて……
「そうそう。あの棚の奥にはなるべく行かないようにね。あんまりよくないから」
 何が、とは怖くて聞けなかた。
(きと、冗談だ)
 桜田さんはいつも面白いことを言てまわりの人たちを笑わせている。だから、これも冗談だ。たちの悪い冗談だ。冗談だと思うけど……
 私は保管庫の中を見回した。
 中央に伸びる通路が一本。その左右にずらりと立ち並ぶ棚。
 図書館に似ている倉庫の中は蛍光灯が古いのか、全体的に薄暗く感じる。じと通路を見つめていると、棚の間から何かが顔を出してきそうな気がしてくる。
「さて、ちと片付けようか」
「そ、そうですね」
 桜田さんの明るい声に、私はコクコクとうなづいた。


 それからしばらくして桜田さんは他の営業所に異動になた。
 あれから会社の地下に行くこともなく数月が過ぎ、保管庫のことなどすかり忘れていた頃、
「ね、地下の保管庫に行たことある?」
 昼休み、同期の松下さんが聞いてきた。
 一瞬、桜田さんの顔が頭をよぎる。
「う、うん。一回だけ書類をしまいに行たことがあるけど……
「その時、何もなかた?」
……どうかしたの?」
「あそこね、何かいるみたいなの」
 彼女の言葉にドキリとした。
「な、何か……」 
「え? またゴキが出たの? どこ?」
 と先輩の女性社員が声をかけてきた。少し恐いところもあるけれど、一昨日給湯室にゴキブリが出た時には腰が引けた他の社員を押しのけて退治してくれた頼りになる先輩だ。さそく読み終わた新聞紙を丸め始める先輩に、松下さんは「違うんです」と小さな声で言た。
「そうじないんです。午前中に地下の保管庫に昔の書類を探してたんです。そうしたら……

 足音が聞こえたのだと言う。
 保管庫にいるのは松下さんだけのはずだた。だから気のせいだと思て書類を探し始めると、またパタパタと足音が聞こえてくる。
 通路の方を見ると、すと黒い人影が通り過ぎた。
(何だ。誰かいたのか)
 ちうど良かたと松下さんは思たそうだ。探している書類が見つからず困ていたのだ。どこら辺にあるのか聞いてみようと棚の間から出ると、真ん中の通路には誰もいなかた。静まり返た保管庫に、他に人がいる気配がしない。
 あれ、と思いながら棚と棚の間を一つずつ見ていく。人影が通り過ぎたのは、入口から保管庫の奥に向かてだ。必ず誰かいるはず。
 けれど、保管庫の一番奥まで行ても、誰もいなかた。棚の間に隠れられる場所などないし、移動できる真ん中の通路一つだけ。
 松下さんは急に怖くなり、慌てて保管庫から逃げ出したそうだ。
 
「もしかして、地下の保管庫て何か出るんですか?」
 松下さんが聞くと、先輩は首をかしげた。
「入社してからずとここの営業所にいるけど、幽霊が出るなんて話は聞いたことないわね
「そうですか……
「大丈夫、気のせいよ」
 先輩に言われても、松下さんは浮かない顔だた。
 そして、私は何も言えなかた。
(あれは桜田さんの冗談だし、別に何も起きなかたし……)
 だから私は何も言えなかた。


 松下さんが倒れているのが見つかたのは、午後の仕事が始まてだいぶ経た頃だた。
 地下の保管庫で倒れていた彼女の上には、書類のフイルが山のように被さていたそうだ。見つかた当初は意識がなく、救急車を呼ぶほどの大騒ぎになた。
 幸いなはことに、彼女の意識は病院に着く前に戻り、足を捻挫する程度だたらしい。
 けれど、付き添いで救急車に乗た先輩の話によると、
「誰かが足を引たんです」
 松下さんはそう主張していたそうだ。
 しかし、そんな話を信じる人がいるわけもなく、つまずいて棚にぶつかり、その振動で棚の書類が落ちてきたのだろうということに話が落ち着いた。

 翌日、朝のミーングで松下さんがしばらく休むと周知があた。足のケガが原因ではなく、どうやら精神的なものらしい。
 担当者が不在でも、いる人間で仕事は回さなければならない。
 松下さんの仕事は私が引き継ぐことになた。
 つまり、私が地下の保管庫に書類を探しに行かなければならない。
「ついでに保管庫の掃除も頼む」
 そう課長に言われた。
 松下さんが転んだのは保管庫の整理整頓ができていなかたから、床に落ちていた物につまずいて転んだのが原因、というのが上司たちの意見だ。
(どうしよう……)
 あの保管庫に一人で行かなければならない。
 まさか「幽霊がいるみたいなので一人では行きたくないです」とは言えず、掃除道具を持た私は保管庫の扉の前に立ち尽くす。
 いそのこと「具合が悪いです」と言て家に帰ろうか、けど明日になたら会社に来ないといけないし、そうしたら保管庫にいかなくちいけないし……などと頭の中でぐるぐると考えていた時だた。

 ――挨拶は大事だよ。

 不意に、桜田さんの言葉が頭によみがえた。
 ホウキを握る手にぐと力を込め、大きく息を吸い込むと、私は勢いよく保管庫の扉を開けた。
「失礼します! 部屋の掃除をしに来ました!」
 もちろん返事はない。
 それでも私は入口でペコリとお辞儀をすると、保管庫に足を踏み入れた。
 久しぶりに入た保管庫の中は、かなりホコリぽかた。床の隅にはホコリがたまているし、輪ゴムやガムテープの切れ端とかがあちこちに落ちている。出入り口付近に置いてあるゴミ箱もいぱいだ。
(もしかして、桜田さんが異動したから?)
 思い返してみると桜田さんは時々地下の保管庫に行ていた。あれは書類を探しに行ていたのではない。たぶん掃除をしていたのだ。
「よし
 私は気合いを入れると、まず入口付近を片づけ始めた。
 乱雑に置かれた脚立や段ボール箱を片づけ、大きなゴミを拾い、床を掃き、拭き掃除で真黒になた雑巾と集めたゴミをまとめて捨てる。
 入口の辺りと中央の通路をきれいにしたところで、昼休みのチイムが聞こえてきた。
「残りは午後か……
 棚と棚の間の通路にもホコリが溜まているし、誰かが出しぱなしにしたままの書類箱もあちこちにある。今日は書類を探すところまではいかないかも……
 ため息をつきながら、保管庫を出ようとした時だた。

  バサ……

 私の背後で、音がした。
 もちろん保管庫には私以外に誰もいない、はず……
 恐る恐るふり返ると、中央の通路にフイルが一冊落ちていた。どこかの棚に入ていた書類だろう。
 けれど中央の通路は私が掃除したばかりだ。ついさきまでは何もなかた。
 そして、書類が入た棚は中央の通路に対してどれも直角に置かれている。棚の書類が自然に落ちたとしても、中央の通路に落ちるはずがない……
 私はゴクリと唾を呑み込むと、フイルに近づいた。そと拾い上げて中身を確認する。
 それは私がほしかた書類だた。
「ありがとうございます!」
 私は反射的に保管庫の奥に向かて頭を下げていた。


 それから私は時々地下の保管庫に行くようにしている。月に二、三回だけど簡単に掃除をしている。
 保管庫に入る時と出る時にはあいさつを忘れない。
 あれから奇妙な事が起きたことは一度もないけれど、私はこれをずと続けている。
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