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- 2015/09/18 06:49:58

　あれは、入社して一ヶ月くらい過ぎた頃だった。

「竹上さん、ちょっと手伝ってくれる？」
　大先輩の梅中さんに頼まれて、一緒に地下の倉庫に書類を運ぶことになった。
　会社の地下に行くのは二度目、入社初日に社内を一通り案内された時以来だ。
「事務室に置く書類は、基本的に今年度と昨年度の分だけ。それ以前の書類はあまり使わないから、地下の保管庫にしまうんだ」
　スーツの上着を脱いだ梅中さんは、書類を詰めた段ボールをいくつも台車に乗せながら、そう教えてくれた。
　エレベーターで地下に着くと、狭くて薄暗い廊下をまっすぐ進む。その突き当たりにあるのが書類の保管庫だ。梅中さんは課長から借りた鍵を鍵穴に差し込む。
「個人情報が載っている書類も保管しているから、鍵はちゃんとかけてね。それから電気のスイッチはここ」
　入口の横にあるスイッチを押すと、梅中さんは保管庫の扉を開けた。

「失礼しま～す」

(…………あれ？)
　先に保管庫に入った梅中さんの背中を見つめながら、私は首を傾げた。
　今、挨拶した？
　保管庫に誰かいる？
　でも、部屋に入る前に電気つけたし、鍵がかかっていたよね……？
　入口で立ちつくす私に、梅中さんはにっこりと笑った。
「挨拶は大事だよ。社会人の基本だからね。きちんと挨拶をすると相手の印象が良くなるし、仕事もしやすくなる」
「ええ、そうですね……って、そういうことじゃなくて……」
「あそこの棚の奥にはなるべく行かないように。あんまりよくないから」
　何が、とは怖くて聞けなかった。
（きっと、冗談だ）
　梅中さんはいつも面白いことを言ってまわりの人たちを笑わせている。だから、これも冗談だ。たちの悪い冗談だ。冗談だと思うけど……。
　私は保管庫の中を見回した。
　蛍光灯が古いのか、どこか薄暗く感じる部屋。見ていると、いくつも並んだ棚の陰から今にも何か出てきそうな気がしてくる。
「さぁて、ちゃっちゃと片付けようか」
「そ、そうですね」
　梅中さんの明るい声に、私は無理やりうなづいた。


　それからしばらくして梅中さんは他の営業所に異動になった。
　あれから会社の地下に行くこともなく数ヶ月が過ぎ、保管庫のことをすっかり忘れていた頃、
「ねぇ、地下の保管庫に行ったことある？」
　昼休み、同期の松下が聞いてきた。
　一瞬、梅中さんの顔が頭をよぎる。
「う、うん。一回だけ書類をしまいに行ったことがあるけど……」
「その時、何もなかった？」
「……どうかしたの？」
「あそこね、何かいるみたいなの」
　彼女の言葉にドキリとした。
「な、何かって……」　
「え？　またゴキが出たの？　どこ？」
　と声をかけてきたのは先輩の女性社員だ。少し恐いところもあるけれど、一昨日給湯室にゴキブリが出た時には腰が引けた他の社員を押しのけて退治してくれた、なかなか頼りになる先輩だ。さっそく読み終わった新聞紙を丸め始める先輩に、松下さんは「違うんです」と小さな声で言った。
「そうじゃないんです。昨日地下の保管庫に書類を探しに行ったんです。そうしたら……」

足音が聞こえた
　

　

「でも、入社してからずっとここの営業所にいるけれど、幽霊が出るなんて話は聞いたことないわ」


事故

労災。
松下さんはしばらく休むことになった。
担当者が不在でも、仕事は回さなければならない。
松下さんの仕事は私が引き継ぐことになった。
つまり、私が地下の保管庫に書類を探しに行かなければならない。
「ついでに掃除も頼む」
と課長に言われた。
松下さんがケガをしたのは保管庫の整理整頓ができていなかったから、床に落ちていた物につまずいて転んだのが原因、というのが会社の見解だった。

(梅中さんがいなくなってから)


一人で行かなければならない。

どうしよう。家に帰りなくなってくる。
その時だった。

　――挨拶は大事だよ。

　不意に梅中さんの言葉が頭によみがえった。

「失礼します！ 部屋の掃除をしに来ました！」

もちろん返事はない。
    私は入口でペコリとお辞儀をすると、倉庫に入った。
扉を開けたまま、まずは入口付近。
乱雑に置かれた段ボールを片付け、大きなゴミを拾い掃き掃除。


　保管庫を出ようとした。
    後ろで音がする。
恐る恐るふり返る。
本棚の間の通路にファイルが落ちている。
絶対に落ちるはずのない場所。
ファイルを拾う。
探していた書類。

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