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2 ヒツジ教祖は定時退社して
普段よりもかなり早く退社したヒツジ教祖は、雪が降る中、家路を急いでいた。
今日はクリスマス・イブ。恋人たちが愛を語らう日である。
しかし、独り身のヒツジ教祖には特に予定はない。
だが、ヒツジ教祖の足取りは軽かった。
なぜならば、今日は久しぶりに定時で帰ることができたからだ。
『お前ら、今日は全員定時で帰れっ! お前らがいると、俺が帰れないんだっ!』
彼女ができたばかりの上司の命令で、仕事は強制終了。無茶苦茶ではあるが、それと引き替えに手に入れた久しぶりの定時退社に心が躍った。こんなことなら毎日がクリスマス・イブでもいい、とすら考えた。
さて、帰ったら何をしよう。その前に、晩飯はどうするか?
そう考えながら歩いていると、
「ヒツジちん、いいところにいたのだー!」
馴染みの声にふり返ると、知り合いのドクロ仮面がいた。いったいどこの誰で何をしているのかは知らないが、定時退社を心から愛する仲間の一人である。
「時間があるなら、ボクちんとご飯を食べに行かないかー? いい店を知っているんだがー」
ちょうどいい。久しぶりの定時退社を祝って、何かおいしい物を食べたいと思っていたところだ。
ヒツジはトコトコとドクロ仮面の後についていった。
ドクロ仮面に連れて行かれた店は、お寿司屋さんだった。
二人でおいしい酒を飲みながらおいしい寿司を食べる。心もお腹も満たされていく中、ふと口元がさみしくなった。懐から煙草を取り出そうとして、店内に貼ってあるポスターに気づいた。
そこには、《店内禁煙》と書いてあった。
ヒツジ教祖は愛煙家だった。自分で紙巻き煙草を作るほど煙草が好きだった。
それなのに、何故この店は禁煙なんだ……せめて分煙にしてはくれまいか……と、しょんぼりしていると、
「そう言えば、ヒツジちんは知っているかー? すぐそこの山に、クリスマスの夜にしか採れない幻の煙草の葉があるんだぽへー」
「それは、本当なのか?」
「本当だぽへー。山のてっぺんに生えているカエデの木の根元にはー、不思議な煙草の葉が生えているんだぽへー。クリスマスの夜にとった葉はー、赤き聖人の力を受けてー、特別な味がするようになるんだぽへー」
本当だろうか? ちょっぴり疑いの眼差しを向けると、
「ちなみにー、そのカエデの木の辺りは心霊スポットでー、クリスマス・イブにはよく幽霊が出るという話だぽへー」
その言葉に、日頃から怪異や幽霊に出遭いたいと思っているヒツジ教祖の心は動いた。
ドクロ仮面に詳しい場所を教えてもらうと、しんしんと雪が降る中、ヒツジ教祖は山に向かう。
仕事が終わった後の時間をこうして趣味の時間に使えるとは、やはり定時退社はすばらしい。この素敵な定時退社をすべての人々と共有したいと思いながら。