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クリスマス・イブの夜に
1 酔いどれペンギン剣士は酒を求めて
いつものように仕事を終えたペンギン剣士は、宿への帰り道を急いでいた。
今日はクリスマス・イブ。恋人たちが愛を語らい、良い子には赤い服の聖人からプレゼントが贈られる夜だ。
だが、ペンギン剣士を宿で待つ者はいない。
かつては美しい妻がいて、本物の愛を旅の踊り子との間に育んだが、不貞の罪により国を追われたのだ。それからは各地を渡り歩く剣士として暮らしている。
それでも、クリスマスというイベントには心が躍
った。
町はどこも飾りつけられてキレイだし、それなりの値段がするが、店には特別おいしい料理が並んでいる。
そして、酒もだ。
料理と同じく、うまい酒や普段は手に入らないような珍しい酒も、この時期には手に入ることがある。かつて魔女にだまされて呪いの酒を飲み、ペンギンの姿に変えられてしまったが、それでも酒を飲まずにはいられなかった。
護衛の仕事の対価として支払われたお金を手に、ペンギン剣士は酔いどれとなるために酒屋へ向かう。と、そこに、
「ペンギンちん、いいところにいたのだー」
ペンギン剣士を呼び止める者がいた。顔なじみのドクロ仮面だ。いったいどこの誰で何をしているのかは知らないが、いろいろな仕事を紹介してくれるので、旅の剣士であるペンギン剣士にとってはありがたい存在だった。
「今夜はボクちんと一緒に寿司でも食べに行かないかー? 予定が急にキャンセルになってー。もちろんボクちんがおごるぽへー」
タダ飯を、しかもお寿司を断る理由などどこにもない。
ペンギン剣士はドクロ仮面の後ろを短い足でスキップしながらついていった。
ドクロ仮面に連れて行かれた店は、驚くべきことに回らないお寿司屋さんだった。しかも、カウンターの向こうにいる職人が注文する度に寿司を握ってくれるのである。
初めてのシステムに、ペンギン剣士の心は震えた。
そして、寿司を食べた途端、あまりのうまさに舌どころか体中が震えたのである。
特に赤身の魚は口の中でとろけるほどのうまさで、ペンギン剣士はドクロ仮面が青ざめるのにも気づかず、何度も何度も注文した。
やがて腹も心も満たされたペンギン剣士は、クリスマス・イブにこんなうまい飯にタダでありつけたことに感謝しつつも、物足りなさを感じていた。
うまい飯にはうまい酒がつきものである。
だが、寿司の横に置いてあるのは悲しいことにお茶だけだ。
自腹で酒を頼もうかと考えていた時、
「そう言えば、ペンギンちんは知っているかー? すぐそこの山に、クリスマスにしか飲めないという幻の酒があるぽへー」
ドクロ仮面の言葉に、ペンギン剣士はカッと目を見開いた。
「何っ! それは本当か!」
「本当だぽへー。山のてっぺんに生えているカエデの木はー、クリスマスの夜だけはメイプルシロップではなくー、うまい酒が取れるという話だぽへー」
「マジかっ!」
ドクロ仮面に詳しい場所を教えてもらうと、白い雪が降る中、ペンギン剣士は店を飛び出していった。2 / 4
2 ヒツジ教祖は定時退社して
普段よりもかなり早く退社したヒツジ教祖は、雪が降る中、家路を急いでいた。
今日はクリスマス・イブ。恋人たちが愛を語らう日である。
しかし、独り身のヒツジ教祖には特に予定はない。
だが、ヒツジ教祖の足取りは軽かった。
なぜならば、今日は久しぶりに定時で帰ることができたからだ。
『お前ら、今日は全員定時で帰れっ! お前らがいると、俺が帰れないんだっ!』
彼女ができたばかりの上司の命令で、仕事は強制終了。無茶苦茶ではあるが、それと引き替えに手に入れた久しぶりの定時退社に心が躍った。こんなことなら毎日がクリスマス・イブでもいい、とすら考えた。
さて、帰ったら何をしよう。その前に、晩飯はどうするか?
そう考えながら歩いていると、
「ヒツジちん、いいところにいたのだー!」
馴染みの声にふり返ると、知り合いのドクロ仮面がいた。いったいどこの誰で何をしているのかは知らないが、定時退社を心から愛する仲間の一人である。
「時間があるなら、ボクちんとご飯を食べに行かないかー? いい店を知っているんだがー」
ちょうどいい。久しぶりの定時退社を祝って、何かおいしい物を食べたいと思っていたところだ。
ヒツジはトコトコとドクロ仮面の後についていった。
ドクロ仮面に連れて行かれた店は、お寿司屋さんだった。
二人でおいしい酒を飲みながらおいしい寿司を食べる。心もお腹も満たされていく中、ふと口元がさみしくなった。懐から煙草を取り出そうとして、店内に貼ってあるポスターに気づいた。
そこには、《店内禁煙》と書いてあった。
ヒツジ教祖は愛煙家だった。自分で紙巻き煙草を作るほど煙草が好きだった。
それなのに、何故この店は禁煙なんだ……せめて分煙にしてはくれまいか……と、しょんぼりしていると、
「そう言えば、ヒツジちんは知っているかー? すぐそこの山に、クリスマスの夜にしか採れない幻の煙草の葉があるんだぽへー」
「それは、本当なのか?」
「本当だぽへー。山のてっぺんに生えているカエデの木の根元にはー、不思議な煙草の葉が生えているんだぽへー。クリスマスの夜にとった葉はー、赤き聖人の力を受けてー、特別な味がするようになるんだぽへー」
本当だろうか? ちょっぴり疑いの眼差しを向けると、
「ちなみにー、そのカエデの木の辺りは心霊スポットでー、クリスマス・イブにはよく幽霊が出るという話だぽへー」
その言葉に、日頃から怪異や幽霊に出遭いたいと思っているヒツジ教祖の心は動いた。
ドクロ仮面に詳しい場所を教えてもらうと、しんしんと雪が降る中、ヒツジ教祖は山に向かう。
仕事が終わった後の時間をこうして趣味の時間に使えるとは、やはり定時退社はすばらしい。この素敵な定時退社をすべての人々と共有したいと思いながら。
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3 ウサギはごちそうを求めて
「大変、大変! 急がなくっちゃ!」
雪が降る町中を、頭にウサギの耳を生やした少女は走っていた。
今日はクリスマス・イブ。
恋人たちが愛を語らう特別な日である。
(それなのに、わたしったらまだ何の準備もできていないなんて!)
部屋の飾りつけは何とか終わったものの、クリスマスのごちそうも、おいしいお酒も、ケーキだってまだ買っていない。
あわてて家を飛び出したが、町中あちこちにある看板やポスターの表記ゆれが気になって仕方ない。見かける度についつい立ち止まってしまい、気づけば辺りはすっかり暗くなっていた。
(ああ、早く手に入れなければ!)
おいしいごちそうも、おいしいお酒も、豪華なプレゼントも。
そして、素敵な恋人も早く狩らなければ!
急ぐウサギ少女の前に、
「ヘイ! ウサギちん! クリスマスのごちそうを買いに行くのかー?」
知り合いのドクロ仮面が声をかけてきた。
「もしそうなら、すぐそこの山のてっぺんに生えているカエデの木の下にー、活きのいいごちそうと恋人がウサギちんを待っているぽへー。だから早く行った方がいいぽへー」
「本当!? すぐに行かなくっちゃ!」
愛用の斧を携えたウサギ少女は、雪道を駆け抜けていった。
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4 長い長い夜
さて、ドクロ仮面の策略により、同じ場所に集められた三人。
これからいったいどうなるのか?
それは、もうおわかりですね?
なので、あとは皆様のご想像にお任せすることにいたしましょう。
……と、思ったのですが、この話が今年最後のいじり納め(たぶん)。
特にヒツジさんをいじることは(おそらく)これが最後になるでしょう(十二年後はわからないけど)。
それならばと少し派手な展開を用意してみましたので、よろしければご覧ください。
山の麓に立つ山小屋の中で、ドクロ仮面は獺祭の瓶を開けた。なかなか手に入らない日本酒だが、今日は特別めでたい日だ。特別うまい酒で祝杯をあげるのがふさわしい。
酒をグラスに注ぎながら、ドクロ仮面は口元をゆるませた。
今夜の計画は完璧だった。敵対する三人を同じ場所に集める。そうすれば互いに戦い始め(というかウサギさんが一方的に狩りを始め)、日付が変わる頃には少なくとも二人はこの世から消え去っているはずである。
「これで邪魔者はいなくなった」
ヒツジ教祖は定時退社を信仰していた。その教えは残業に苦しむ多くの社会人たちの間に広まり、今ではたくさんの信者が集まるようになった。
定時退社を崇める心を利用し、彼らを使って世界を変える。
それがドクロ仮面の目的だった。
そのためには、教祖であるヒツジが邪魔であった。
邪魔と言えば、酔いどれペンギン剣士もそうである。
今年はあまり表に出てこなかった酔いどれペンギン剣士であるが、闇では絶え間なく蠢いていた。今後何をするのかわからないペンギンの力は、ドクロ仮面にとっては脅威である。ウサギの驚くべき執筆力も脅威ではあるが、彼女を手なずけるためのムーミングッズはすでに発注済みである。
「これで、世界はボクちんのものー。ふははははぁー!」
ドクロ仮面が高笑いをしながら、グラスを高々と持ち上げた時だった。
ドッカーン!
大音響とともに入口のドアが吹き飛んだ。
猛スピードで山小屋に飛び込んできた何かがドクロ仮面の前にあったテーブルを、テーブルの上に乗った酒瓶を、そして部屋の奥の棚を破壊する。
「あいたたた……」
崩れ落ちた棚の前で、ペンギン剣士が頭を押さえて座り込んでいた。しかし、すぐに立ち上がると、
「む、やはりこれは酒の匂い。酒はどこだ」
周囲をキョロキョロと見回す。
「ペンギンちん! 何故ここに!?」
ドクロ仮面は驚愕した。この山小屋は妻にも内緒にしている秘密基地である。自分がここにいることは誰にもわからないはず。
ペンギン剣士がふり返った。ドクロ仮面にペタペタと近づくと、
「おお、これは酒! しかも獺祭ではないか! いただきます!」
呆然とするドクロ仮面の手からグラスを奪うと一気に飲み干した。
酔いどれペンギン剣士の完成である。
「ペンギンちん、何故無事なのだ!ウサギちんには会わなかったのか!」
「ウサギには会ったぞ」
酔いどれペンギン剣士はぶるると身を震わせた。
ドクロ仮面に教えてもらったとおり、ペンギン剣士が雪山をえっちらおっちら登って行くと、カエデの木の下に何とウサギ少女がいた。
「まあ、ペンギンさん! クリスマス・イブにあなたと会えるなんて」
ふり向いたウサギは目をうるませ、
「素敵な彼氏、ゲットーッ!」
斧を振り上げて迫ってきた(注:この場合の「迫る」は間合いを縮めることを指す)。
「ぼへえぇぇぇーっ!」
驚いたペンギン剣士は、雪の斜面に身を投げ出した。流線型のボディはしっかりと雪面にフィットし、斜面を滑り出す。短い手で雪面をかき、さらに加速。山の木々を避けながら、ペンギン剣士はまるでボブスレーのように猛スピードで斜面を滑り下りていった。
これで、ウサギから逃げ切れる!
そう思った時、微かな酒の匂いに気がついた。
(これは日本酒!)
本物のペンギンの嗅覚はそれほど鋭くないようだが、そこは酔いどれペンギン剣士。酒の匂いには敏感である。
進路を変えて酒の匂いが漂ってくる山小屋に飛び込んだというわけである。
「ボクちんの完璧な計画で、ペンギンちんとヒツジちんを葬り去るはずだったのにー」
悔しがるドクロ仮面の耳に、
「ほう。やはり、あれは罠だったのか」
声にふり返ると、扉が吹き飛んだ戸口にモコモコの白い影。
「ヒツジちん! 何故ここに!?」
ドクロ仮面はふたたび驚いた。ペンギン剣士に続き、まさかヒツジ教祖まで現れるとは思いもしなかった。
「まさか、ヒツジちんはウサギに会わなかったというのか……」
愕然とするドクロ仮面に、ヒツジ教祖は懐から取り出した煙草に火をつけながら、「いいや」と首を横に振った。
「ウサギには会ったよ」
「では、何故無事なのだーっ!?」
「君は、俺の力を忘れたのか?」
「……! ま、まさか!」
ヒツジ教祖の執筆は速い。偶数月に開催される企画では、お題が発表されてから締め切りまでの一時間十五分の間に短編を一つどころか二つも三つも投稿するほどの速さである。
山の上でウサギと遭遇した時、ヒツジはその速筆で短編を書き上げた。それも、わざと表記ゆれをして。
「表記ゆれが気になったウサギが赤ペンでチェックを入れている間に逃げ出したというわけさ。そして、定時退社を愛する者たちのネットワークを利用すれば、君の居場所などすぐにわかるというもの。大人しく観念するんだな」
煙草の煙を漂わせながら、ヒツジ教祖は言った。
「ぐぬぬぅぅ……」
ドクロ仮面は策略が失敗したことを悟った。
しかし、ここで捕まるわけにはいかない。自分には世界を変えるという使命があるのだ!
後ろを見れば、酔いどれペンギン剣士が刀(注:今回は呪われていないもの)を構えている。その姿に隙はない。
一方、戸口にはヒツジ教祖が煙草をくわえて立っているだけ。
(突破するなら、こっちだぽへー……)
そうドクロ仮面が思った時、ヒツジ教祖は懐から酒瓶を取り出した。細長く透明な瓶の中には、やはり透明な液体が揺れている。表面の白いラベルに書いてある緑色の文字を読んでドクロ仮面は叫んだ。
「その酒は、スピリタス・ウオッカ!」
そう。アルコール度数が96度の酒である。簡単に火がつくことは、ヒツジ教祖がすでに実証済みだ。
煙草とスピリタス。
どちらか片方だけでは恐ろしくないが、二つが合わされば話は別である。
(どうする?)
前には発火物を持ったヒツジ、後ろには刀を構えたペンギン。
ドクロ仮面に迷いが生じた時だった。
「あら、みなさんでクリスマスパーティ? 楽しそうね」
突然の声に、まずヒツジ教祖が部屋の奥に非難した。酔いどれペンギン剣士は刀を取り落とし、ドクロ仮面は目を疑った。
入口から現れたのは、何とトナカイに乗ったウサギ少女だった。
「何故、ここに!」
「何故って、もちろんあなたを追いかけてきたのよ」
と、ウサギ少女はヒツジ教祖の前に立つ。そして、原稿用紙の束を渡した。
「やっぱり、校正が終わった原稿は、書いた本人に返さなきゃね。さてと、これでスッキリしたことだし……」
手ぶらになったウサギ少女の手には、いつの間にか斧が握られていた。
「さあ、みんなで楽しい狩りパーティを始めましょうか」
しんしんと雪が降り続く夜の山に、絶叫がこだまする。
予言者バール・グリーンの言葉どおり、サイレントでホラーな夜が訪れようとしていた。