一発逆転! 上半期ベストを狙え! 愛のいじり小説大賞
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サウス・アイランド
大沢愛
投稿時刻 : 2014.06.01 22:09 最終更新 : 2014.06.01 23:00
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  南の島でした。
  陽が落ちてからも熱気はあたり一面に残り、濃い夜気の中、無数の虫たちが光を求めて飛び交ていました。
  岬の突端に、郵便配達人がうずくまていました。

  郵便配達人は、北の島で生まれました。大人になて、迷わず郵便配達の仕事を選びました。たくさんのひとに喜んでほしかたのです。郵便配達人は人当たりもよく、友だちもたくさんいました。恋人だていました。それでも、もと多くのひとたちに幸せになてほしいと思いました。郵便配達人はひとりぼちだたのです。友だちに囲まれ、恋人に愛撫されても、さびしくて仕方がありませんでした。
  郵便配達人になて、数えきれないほどの手紙を届けました。でも、郵便配達人の届ける相手は、いつも冷たい郵便受けでした。手紙を差し入れると、面倒くさそうに口を開けて飲み込んで、あとは黙てしまいます。何年も何年も、そうやて手紙を届け続けました。ある日、郵便局長に呼ばれた郵便配達人は、南の島へ行くように言われました。「南の島には配達人がいなくて困ている。お前に行てほしい」郵便配達人は二つ返事で引き受けました。そこなら手紙と一緒に幸せを届けられるに違いないと思たのです。郵便配達人は南の島へと旅立ちました。郵便局に新たに採用された配達人はパートタイムで、配達が終わるとささと帰て行きました。主のいなくなた机は片付けられ、代わりに最新のプリンタが置かれました。局員たちはみんな大喜びでした。郵便配達人がいたころには決して見せなかた笑顔でした。

  南の島に着いて、郵便配達人の膨らんだ希望はすぐに萎んでしまいました。確かに島には配達人はいませんでした。誰も手紙を書かなかたからです。用事があれば自分で歩いて相手のところに行きました。誰もが、笑顔も、悲しみも、怒りも、直接に伝えます。手紙の介在する余地はありませんでした。男の子は勇気をふるて女の子に告白しましたし、嫌な相手には面と向かて抗議しました。もちろん、すぐにふられたり袋叩きに遭たりします。郵便配達人はおろおろしながら見つめるだけでした。
  もうひとつ、困たことがありました。いままで配達人がいなかた南の島には、郵便局がありませんでした。局長には郵便局の場所を示されていました。行てみると、そこは岬の先端の岩場でした。半信半疑で役場で確認すると、確かに登記されています。郵便配達人はとぼとぼと岬に戻りました。打ち寄せる波は岬の上まで届き、砂地に点々と跡をつけています。せめて看板は立てよう、と思いました。幸い、この島へ来るときの飛行機で出された機内食の割り箸を持ていました。箸袋にボールペンで「Post office」と書き、割り箸に結びつけると、岩から外れた砂地に立てました。これで郵便局はできました。夜になりました。郵便配達人は、割り箸のそばに仰向けになりました。はるかかなたの夜空には北の島とは少し違う星座が広がています。でも、どこが違うのか、郵便配達人にはよくわかりませんでした。

  次の日から、郵便配達人は島の中をくまなく歩き始めました。もう何年もしてきたことでした。北の島で毎日着ていた制服は、この島に降り立た瞬間から不向きだとわかりました。ガイコツのプリントされたTシツにハーフパンツ、それにサンダル履きがいちばん適しているようでした。島の人に自分が誰だかわかるように、油性マキーでガイコツの上に「Mail delivery」と書きました。あとは、ずとかぶり続けている制帽を頭に載せれば、いくら歩いても平気です。
  道を歩いていると、すれ違う島の人たちはみんな片手を上げて挨拶してくれました。郵便配達人も笑顔で頭を下げました。埃ぽい道を歩いていると、サンダルを履いた足はじりじりになります。ときどき、道からそれて海岸で足を洗いました。海の上にはいくつも船が出ていました。漁のためなのか、それとも観光客を乗せているのか。どちにせよ、みんな忙しそうでした。郵便配達人はサンダルを振り回して海水を払い、再び歩き始めます。丸一日歩き回て、数えきれないほどのお辞儀をしました。今まで、これほどのお辞儀をした日はありませんでした。無数の笑顔をもらて、ほこりした気持ちから醒めてくるにつれて、郵便配達人は気づいてしまいました。島の人たちには手紙は必要なかたのです。道を歩く郵便配達人は、島の人たちにとては見慣れない格好をした観光客でした。鈍く痛む首筋をさすりながら岬の先端まで戻りました。オレンジ色の夕日に染められて、割り箸の看板が立ていました。半日ぶりに見るそれは、ちいさな生き物のお墓みたいでした。

  
  郵便配達人は、手紙を必要としているひとを探すことにしました。島の中には大きなお屋敷がいくつかありました。そういうひとたちは必ず手紙のやり取りをしているはずだと思いました。長い塀を一周しているうちに、島では珍しい黒塗りのワゴン車が通り過ぎてゆきました。ワゴン車が門のところで止まると、門扉が開きます。そのまま、邸内へと消えてゆきました。郵便配達人が走て門のところにたどり着いてみると、お屋敷に横付けされたワゴン車から、箱にぎしりと詰められた封筒が降ろされていました。別のお屋敷では、塀の向こうにヘリコプターが着陸していました。強い風で吹き上げられた土埃を避けて、郵便配達人は引き上げるしかありませんでした。
  
  
  道を歩きながら、郵便配達人は思いました。この島には手紙を必要とするひとはいそうにありません。しいて言うなら、手紙を求めているのは郵便配達人ただひとりでした。長い間、手紙を配達することだけを考えて生きてきました。たとえ相手が冷たい郵便受けでも、その向こうにいる「手紙を求める心」は感じられました。ところが今では、それがなくなたのです。割り箸の看板を立てていても、ここには郵便局もなければ配達する手紙もありません。海水で洗てごわごわになたTシツのおかげで、首の周りは赤くなてしまいました。日焼けした前腕には水ぶくれができています。海に沿た道は茂みに夕日が遮られて、足元に闇が滑り込んでいます。喉の渇きを覚えて、すこし足を速めようとしたそのときです。ほんとうに久しぶりに、郵便配達人の心が締め付けられました。思わず立ち止まると、闇の中に目を凝らしました。もちろん、何も見えません。でも、郵便配達人にとては、それで十分でした。
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