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詩人が村に来て月が最初に欠けきった頃、少年は自分の立場が徐々に変化している事に気付きました。月のない夜に不吉な知らせを告げる鳥が羊小屋の屋根で鳴き、少年は問いかけますが返事はありません。
それから月は満ち始め、詩人がやってきた夜の月に近付いた頃には手遅れでした。
「考えてみりゃあ、アイツに聞けばいいことだ」
「そうとも、あの子にはなんだって分かっているんじゃないか」
そんな事を言う村人は今までには一人だって居はしませんでした。何かが分かったからといってその為にどうするかは村人が決める事で、それは長であれ警吏であれ同じ事です。分かっている事をするのと分かっていないから何もしないのと、分かっているからやらないのはまるで違うのです。
そしてそれは、分かっているかどうかとは関係のない事でした。少なくともそれは村人達にとって当たり前の事で、詩人が来るまでは“分かっている事”だったのです。
「僕が何かを言うのと、みんなが働くことにどうして関係があるんだろう?」
少年は羊に問いかけますが、羊は返事をしません。
羊に食い千切られた牧草が痛そうに悲鳴を上げ、毟られた草地から小さな羽虫が飛び立っていきます。
その時、少年の背後で人の気配がしました。
それは酒場の裏手で交易の荷馬夫をしている男の嫁で、馬の手入れと馬具の直しで生計を立てている女でした。
「ねえ、そうは思いませんか?」
羊飼いが振り返って女に言うと、相手は取り繕った笑みで頭を下げました。
彼女が言うには少年は村の導き手であり、救い手になるべきなのでした。今までの村人は間違っており、勝手勝手に無意味な苦労をしていたと言うのです。
牧場のなだらかで小さな丘を下り、傾きに密生した小指ほどの小さな白い花を踏み躙りながら女は近付いてきて続けます。
「関係がないなんてそんな。ねぇ? 冷たい言い方をするものじゃないわ」
そういう意味じゃないんです――、
そう、口を開きかけて羊飼いは黙り込みます。
ゆっくり、ゆっくりと荷馬夫の嫁は少年に迫りました。そうして両肩に手を掛け、村の未来と彼の言葉がいかに大切であるかを教え諭したのです。
この時彼に分かったのは、話をしても無駄だという事だけでした。