4 / 5
詩人がやってきて、二度目の満月が過ぎました。
「おい、アイツは今何をしてる?」
羊小屋の中の藁を均していると、少年の耳に小屋の外から声が届きます。
「卑怯者め。あの野郎、最近じゃとんと口を開かんくなっちまいやがって」
藁の脇に寄せられた穢から慣れた香りが立ち、彼は何時になくのその匂いに咽るようになりながら体を固くしました。近頃ではどこに行けども少年の体に視線がまとわりつき、誰かが耳をそばだてています。
詩人はいつの間にか他の村に移って行きましたが、酒場では羊飼いを称える詩が口伝てで広まり、時折歌われている事も彼は知っています。以前は誰も気にしなかった事が予言になり、川の水嵩が増したと言っては少年の家に贈り物が届けられ、牛が孕んだと言っては助言が請われます。
その程度ならば良かったのかもしれません。しかし彼の言葉が誰かの助けになればなる程、酒場では詩が歌われ次の言葉への期待が大きくなるのです。
「次の取引じゃ隣村より肥えた鳥を用意せにゃウチの名折れなんだ。何考えてやがる」
呆れた事に村の長までもが来年の収穫を教えてくれと押しかけ、一度は婆に追い返されていました。警吏は盗みをしそうなは誰かと詰問し、少年が黙ると村の平和に協力をしないのかと脅す有り様です。
少年の心にはすっかり疑いと悪意が植え付けられ、やせ細った羊と毛皮のように彼の話だけが膨らんでいくのを恨めしく思うだけでした。
詩人が去ってから最初の月のない夜、つまり詩人がきて二度目の新月の晩が過ぎる頃、少年は泣きながら婆に相談をしました。けれども婆は黙って糸を紡いでいるだけです。
三度目の満月が来て羊小屋に石が投げつけられ、三度目の新月が来ます。
誰かが小屋に火をかけ、酒場の詩は羊飼いを呪うものに変わっていました。
少年が叫ぶようになったのはこの頃からです。
「狼だ! この中に狼人間がいるぞ!!」
もちろん、最初は狂ってしまったのかと笑い出す村人が大半でした。