てきすとぽい
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第8回 文藝マガジン文戯杯「旅」
〔 作品1 〕
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ひとと生きた鴉
(
みや鴉
)
投稿時刻 : 2019.07.08 01:23
字数 : 17362
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目次
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ひとと生きた鴉
みや鴉
1『彼女』と生きた日々
俺は鴉。この冴えない男の頭上を根城にしている。
人間に飼われる鴉など、人間どもにニ
ャ
アニ
ャ
ア鳴いては足元にすり寄
っ
ていく猫と、毛ほども変わりはないだろう。が、俺はこのもし
ゃ
もし
ゃ
感が堪らなく気に入
っ
ているのだから、それはそれほど重要なことではなか
っ
た。
男はかなりの寝起きの悪さだ。今朝も四角い機械から鳴り響くけたたましい音楽を、一秒で止めてしま
っ
て、そのまま寝返りを打
っ
て寝息を立てる始末だ。だから、ヨボヨボと男の耳元に近寄
っ
て、こう言
っ
てやるのだ。
『おい! 起きろ! 飯だ! 飯を食わせろ!』
俺の鳴き声に、男はけだるそうな表情でこちらを見て、恨み言を言うのだが、残念ながら、俺には人間の言葉なぞ、わからぬ。俺は素知らぬ顔で、男の起床を待
っ
たが、どうやらまたひと寝入りしようとしているらしい。
分からず屋の飼い主にもう一度、ハスキー
ボイスを聞かせようと、翼を広げたところで、男は心底、嫌そうに身体を起こして目をこする。それから、ゴキゴキと首筋を鳴らして顔を洗うと、いつもの日課に取りかかる。
いそいそと黒い箱の前に座
っ
て、引き出しを開けたり、台所に行
っ
たりとバタバタ動き回り、ピンクの座布団の上に男が身を正したとき、バサ
ッ
と頭の上に乗
っ
かかるのも、もはや見慣れた光景であろう。
俺はいつもと変わらぬ笑顔の『彼女』を見つめる。最期に見たときよりも、ず
っ
と若く美しく、そして幸せそうな『彼女』だ。あのときと同じように、いつか痩せこけ、髪がまだらに抜け、生気のない表情を俺たちに向けてくるんじ
ゃ
ないかと心配していたのだが、いつまでも変わらぬ『彼女』がそこにいて、俺は少しだけ安心する。
チー
ン。鈴の音だろうか。ひときわ、突き抜けるような高音に、俺は少しだけ眉をひそめる。だが、その音色は『彼す
女』へ贈るに相応しいほど、美しく爽やかに通り過ぎる。その残響が淡く消え去る瞬間を、俺たちは身じろぎ一つせずじ
っ
と耳を澄ましていた。
あれから三年になろうとしていた。最初は、『彼女』の喪失に耐えきれず、俺をひとり部屋に残して、夜遅くまで外をふらついていたと思えば、なんでもない日常の一瞬。泣き崩れ、嗚咽を漏らし、『彼女』に縋りつくような日々が続いていたものだ
っ
たが、最近はかなり調子を取り戻してきているようで、俺も手渡されるポテトチ
ッ
プスを存分に味わえるというものだ。
相変わらず、うめ
ぇ
。
俺はボリボリと男の手からポテトチ
ッ
プスをむさぼり食う。『彼女』と出会
っ
たとき、同じようにして食べたポテトチ
ッ
プス。そのときと同じ味のように覚えて、俺はなおのこと、無心にな
っ
てむさぼる。
人間とは長らく、敵対関係にあ
っ
た俺だが、『彼女』と出会い、ポテトチ
ッ
プスという人間の英知をこの身に食らい、そして『彼女』の遺した男と出会
っ
た。今では、飼い主に向か
っ
てだらしなく尻尾を振
っ
ている犬と同様、俺もまたこのポテトチ
ッ
プスに飼い慣らされているのだ
っ
た。
「そろそろ三回忌か
……
」
男がぽつりと、なにかをつぶやく。俺は、ポテトチ
ッ
プスの美味に溺れながら、男の表情を読み取ろうとちらりと目をやる。寂しそうに小さく笑
っ
て、目を伏せている。『ソロソロサンカイキカ』がなにを意味しているのかはわからぬが、どうやら『彼女』に関することでフ
ァ
イナルアンサー
だろう。
俺たち、野生の世界では、伴侶を失えば次の伴侶を求めて、雌鴉を
追
っ
かけるものだが、人間はそういう種族ではないようだ。が、鴉史上初。人間に恋をした俺には、男の気持ちが少しだけわかる気がした。
そうは言
っ
ても、俺ももう老齢の鴉だ。翼を広げるのもそろそろ、気だるさがつきまと
っ
て、そう長くこの男のそばにいてやれないことは、自分でも気づいていた。
『彼女』を失くし、立ち直りかけた頃に俺がいなくなる。男を慰めてくれる人間はいるだろうか。それに、男がもし、突然、死にでもしたら、このポテトチ
ッ
プスは誰がくれるというのか。男には、是が非でも、新たな伴侶を求めて、人間の雌に求愛をしてきてもらいたいものだ。
鴉史上初だろう、人間を心配する鴉は。最後のポテトチ
ッ
プスを丸呑みしながら、そんなことを考えていた。
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