第8回 文藝マガジン文戯杯「旅」
〔 作品1 〕» 2 
ひとと生きた鴉
みや鴉
投稿時刻 : 2019.07.08 01:23
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9 君の魂八つまで

「ただいま。お、みやさん帰てるな」
 男が靴を脱ぎ捨て、すり足でこちらに向かてくる。そして、壁のスイチを押して――
「うわ!」
『お兄!』
 部屋に明かりが灯ると同時に、メス猫が飛び出していた。男のちうど太ももあたりに飛びつき、しがみつく。だが、俺が驚いたのは、その突発的な行為ではなかた。
 俺は、メス猫をじと観察する。いや、聞き違いだたのかもしれない。明らかに、猫の声ではない声。そう、あれはまさしく『彼女』の声だた。が、男の太ももにしがみついて、ミアミアと鳴いているのを聞くに、これまで俺とともに旅してきたメス猫だた。
「え? なんで、猫?」
 男は、見ていて気持ちの良いほど狼狽した表情で、俺を見る。見るな。俺は、男の視線から逃れるべく、顔を逸らしたが、それですべてを理解されたらしい。いつも、そのぐらいの察しの良さがあればいいのだが。
「ち、みやさん。猫連れてきたのか……。外でなにやてると思たら、猫と……。というか、うち、ペト禁止なんだよ……どうすんだよ……
 男が困た顔で、メス猫の頭を撫でる。メス猫は、それに応えるかのように、喉から絞り出すようなか細い声で、男の太ももをよじ登ろうと、ガジガジとしている。
 すでに、鴉を部屋に招き入れている男が言う台詞ではないが、とにかく、彼にとてこの状況は摩訶不思議といたところか。
 男は、仕方ないといた顔で、太ももにぶら下がたメス猫を抱き上げて、じと腕のなかに収またメス猫を見つめる。
『お兄
 まただ。鴉史上初になる。幻聴を聞く鴉。どうやら、この連日の緊張感で心身にストレスがたまているようだ。しばらくどころか、もう外に出る理由もなくなた。せいぜい、あのうめポテトチプスを食べながら、ソフでごろ寝をするとしよう。
 と、そんなくだらないことを考えていたが、今度ばかりは聞き違いではなかたと、男の表情を見て、俺は思た。
 一瞬、表情が固またあと、目が大きく開かれ、そこから涙の滴が溢れかえり、ぽつりと頬を伝う。男にも聞こえたようだた。紛れもない『彼女』の声が。
 彼女は、姿は違えども『彼女』なのだ。どういう原理かはわからぬ。だが、『彼女』は死んではいなかたのだ。なぜなら、今ここに彼女として生きているのだから。
 そう思たとき、これまでの疑問が一気に解決した気がして、俺は満足げに『彼女」のお気に入りとは反対の一角に身体を沈めて、目を閉じる。
 男のしくりあげる声が聞こえてきて、そこにメス猫の声が重なる。『彼女』になたり、彼女になたり、忙しいやつだ。けれど、それも悪くはない。
 俺は老齢の鴉。そろそろ寿命が近づいている。その最後に『彼女』ともう一度、出会うことができた。なんという奇跡だろう。それと同時に、寂しくも思た。俺がここを旅立つとき、もう『彼女』はこの空にいない。『彼女』がここを旅立たとき、いつかそこに還ると約束した。でも、君はここにいる。ならば、俺が向かう先はひとりぼちということ。
 それならそれでいい。
 眠りに落ちる間際、俺はこう考えた。
『彼女』は彼女としてここに還てきた。それなら、俺も還てくればいい。次は、鴉ではなく、もと自由な姿で。三年はどうも、我慢しなければならないらしい。けれど、三年が過ぎれば俺もまた三人で――
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