第8回 文藝マガジン文戯杯「旅」
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ひとと生きた鴉
みや鴉
投稿時刻 : 2019.07.08 01:23
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エピローグ 

「みやさん! また、ユリコさんにポテチ食べさせたでし!」
 そう騒ぐな。年寄りにがなり声は、朝ぱらから少々、つらいものだ。それに、俺が食べさせたのではない。自ら、袋に頭を突込んで貪り食ている場面を俺はついさき見たのだ。
「猫に、こういうのはダメだからな。またく……目を離したらすぐにこうなんだから……
 湿り気のあるテで、メス猫の口の周りを吹きながら、男がブツブツと不平を言う。確かに、そいつにポテトチプスの味を覚えさせたのは俺の所業ではあるが、メス猫専用の餌まで用意されて、戸棚のポテトチプスを盗み食う真似を教えたつもりはない。
 毎度毎度の騒々しさに、俺は少し嬉しく思た。
 メス猫がここに居着いて、はや一月というところか。最初は、男もすぐにいなくなるだろうと踏んでいたようだが、ソフの上に身を投げ出して寝ている姿を見て、飼うことを決めたようだ。
 あれから『彼女』の声は聞かない。至て、普通のメス猫だ。そういえば、旅路をゆく彼女は、どこか急いでいた。足を怪我しても、空腹も耐え、疲労にも耐え、ただひたすら歩き続けていた。
 あれは、『彼女』でいられる時間がなくなていくという恐ろしさがあたのではないかと、俺は分析する。現に、今の彼女はただのメス猫だ。『彼女』でいられるうちに、もう一度、男に会いたい。そう考えれば、すべてに合点がいくのだ。
 が、本人と対話ができない以上、どこまで行ても推論の域を出ない。『彼女』に呼びかけてみれど、相変わらずのミアミア声なのだから。
 けれど、俺は信じたいのだ。命の不思議さを。
 幸い、まだ俺はこうして息をして暮らしている。いつ、その日が来るのか、それは来てみなければわからない。それでも、もうしばらくだけ、この部屋で奇妙な同居人たちと暮らしていたいと思う。
 俺は鴉。年老いた、けれど人生の大半を人間と生きた鴉。鴉史上初だろう。魂などという、人間の思想を信じる鴉は。
 だが、それも悪くない。
 俺は、静かに遠ざかる喧噪のなかで、そと目を閉じた。『彼女』の声を聞きながら。

(了)
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