第8回 文藝マガジン文戯杯「旅」
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ひとと生きた鴉
みや鴉
投稿時刻 : 2019.07.08 01:23
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3 君の目指す場所

 ポテトチプスをたらふく食べて、でぷりと太た腹を指先で突きながら、俺はまた空を飛んでいた。
 鴉の生涯なぞ、子孫をもうけでもしなければ、獲物の狩りと睡眠で終わる。ただ惰性を貪るがごとく、空を飛ぶ鴉は俺ぐらいなものだろう。目の血走た同族たちを見ていると、それはそれで同情はするが、今さら彼らに混じて生きるつもりもなければ、彼らに『彼女』の恩恵を与えるつもりもなかた。俺と『彼女』と。そして、男との時間は、きと彼らには理解できないだろう。ならば、その場に彼らを招き入れるのも妙な話だた。
 それはともかくとして、いつもはなんの目的もない、なんとも虚しい滑空であたのだが、今日の俺には、ぼんやりとした目的があた。
 そう遠くへは行てはいまい。あの足取りだ。あの子猫は、ますぐ歩き続けていた。普通なら、あちこち草むらに入り込んだり、木に登たりして、ジグザグにゆくものだが、あの子猫にははきりとした目的地があるように思えた。できることなら、それを知てみたい気がしたのだ。もちろん、あのあと、無事に夜を明かせていれば、の話だが。
 どこか、身の隠せるところを見つけられただろうか。人間に捕まてはいないだろうか。蛇や野犬に追い回されはしなかただろうか。飯にありつくことはできたろうか。しまた。ポテトチプスを持て来てやればよかた。
 俺はいつしか、子猫の心配ばかりをしていた。人間も同じだと思うが、やはり暇がなければ、他人。しかも、他族のことなど、気にも留めることはなかたであろう。どいつもこいつも、自分の生きることでいぱいいぱいだ。ギリギリ、自分たちのグループのことは心配しても、それ以上のことは、到底考えられはしない。
 当然だ。今日、明日。生きていられる保証はどこにもないのだから。だから、こうして子猫を探して飛び回ることができるのも、暇を持て余している、衣食住が満たされた上流階級ゆえのことなのだ。
 もしいるとしたら、この辺りなのだが。
 俺は、子猫を探し求めて、周囲を飛び回る。身を隠しているのなら、飛んでいるだけでは、見つけることは至極、困難だ。身体を傾けて、高度を下げ、ちうど良い高さの電柱のてぺんに舞い降りる。
 いつもよりも長く飛んでいたからか、息切れを感じる。子猫探しは、ここいらで休憩だ、とばかりに身体を沈めようとして、ぴくと顔を上げる。
 いた。
 子猫は、昨日と同じように、ただただますぐ歩き続けている。昨日は、頭上から眺めていただけだたが、こうして近くで見ると、痩せ細てあばらが浮き出ている。点々と、足跡のうえには小さな血だまりができていて、足裏はすでに擦り切れているようだ。それでも、子猫は顔を下ろすことなく、ますぐ前を見て先を急いでいる。
 そこまでしてまで行かなければならないところ。俺は、余計に気になて、電柱から飛び立つ。
 警戒させないよう、近づく前になんどか、声をかけるが、どうやら耳に届いていないようだ。いや、歩くことに夢中で聞こえていないのかもしれない。仕方なく、俺は子猫より少し先のところに降りたて、距離が近づくのを待つ。
 ここまで来て、ようやく子猫は俺の存在に気づいたのか、初めて歩みを止める。が、警戒した様子は見られない。むしろ、好奇心でいぱいといた顔で、こちらを観察してくる。
 人間飼いの猫だ。
 俺は直感でそう思た。幼すぎて、鴉がどのようなものか知らない、というわけではないだろう。それならば、母猫が最初に教えることのひとつだろうし、周りの様子から自発的に学んでいる。ここまで、外敵に無邪気なれるのは、人間と暮らしていた経験があるからだ。
 子猫は、首を傾げながらも少しずつ距離を詰めてくる。そこに、やはり警戒感といたものは見られなかた。
 こんな無防備な様子で、よくここまで生きてこれたものだ。人間のもとから逃げてきたのか、それとも捨てられたのかはわからないが、運のいいやつだ。しかも――
 丸みの強い身体つきや、野生のときの経験からすぐにわかた。こいつ、メス猫だ。だからどうだというわけではないが、俺は少々、紳士的なのだ。どう声をかけるべきか逡巡する。
 やあ、メス猫。僕は、君の敵ではないよ。だから、安心して聞いてくれ。君は――
 いやいや。どこの不審者だ。敵じないと言い張るやつほど、腹黒なやつはいない。それならば、いそ直球で問うてみるべきだ。お前はどこに行くのだ、と。もとも、鴉語が通じればの話ではあるが。
 まとまらない。どうしたものか。
 俺がうんうんと頭を捻ているうちに、メス猫は目の前にまで迫ていた。しばらく、向かい合て見つめ合う。そうして、口火を開いたのは意外にもメス猫のほうからだた。
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